第26話

 翌日、七月十九日。

 目が覚めてすぐ、ドキドキしながらスマホを見た。通知はゼロ。少しがっかりしたが、トーク画面を開くと既読がついていた。

 きっと、自分の思いは届いている。ベッドの上で大きく息を吐き、つばめは勢いをつけて起き上がった。テスト明け初日、ショッピングエリアには人出が多いことだろう。バイトが終日入っていたので、つばめは早めに出てスーパーと雑貨屋とコンビニを回った。海辺に湧いた既に夏休み気分の学生たちを横目に、まっすぐ佐倉堂へ向かう。今日の出勤は、佐倉と二人のシフトだった。おはようございます、と意識して明るい声を出すと、どこかやつれた感のある佐倉が顔を出した。

「ああ、湊くん、今日はよろしくね」

「は、はい」

 お互い、その話題に触れようか躊躇っているのが手に取るように分かった。いつもなら雑談をしてちょうどよいくらいなのに、今日は黙々と開店準備を進めたからか、開店十分前には万全の体制が整ってしまった。

「陣くんねえ、決意は固いみたいで……」

 そのタイミングで、とうとう佐倉が切り出した。レジの椅子に座り込み、肩を落としながら。

「終業式の日が最後だよ。まったく、寂しくなるなあ……」

「……佐倉さん、陣はどうしてここで働くことになったんですか?」

 陣は入学前の春休みからここでバイトをしていたと言うが、その経緯までは聞いていなかったのだ。なんでもいい、少しでも陣のなにかを知りたい。そんな気持ちだった。

「理事長から頼まれたんだ。下の孫が心配なんだ、と」

 佐倉が眼鏡を拭きながら、目を細める。

「心配?」

「湊くんもわかるでしょ? あんな風に不愛想だけど、陣くんがすごくまじめで、真っ直ぐなこと」

「……はい」

「ぼくは彼が小さいころから知っているんだけど、性格は昔から変わらなくてね。真っ直ぐだけど、真っ直ぐすぎてぶつかってしまう。近衛さんはそんな彼が心配だったんだよ」

 なにもしてやれなかったなあ、と佐倉が薄い頭を掻く。彼の背中に「後悔」の文字が透けて見えるようだった。

(そんなことないですよ。佐倉さんに感謝してたから、陣は万引きを許せなかったんだ)

 つばめの知らない、流行りのポップスが流れ始める。BPMが高い曲で、つばめは急かされているかような気分になった。佐倉が立ち上がり、自動ドアを開錠するために背中を丸めて屈む。

「少しはずるい生き方をしてもいいのにね」

 陣にお兄さんがいたこと。その人が亡くなった理由。それを佐倉に尋ねようとして、すぐにやめる。佐倉はその辺の事情も承知しているだろうが、許可なくそれを晒して話の種にはしないことを、この三か月の付き合いでも、つばめはよく分かっていたのだ。だから、質問を変えた。

「その……恭介さんは、どんな人なんですか?」

「恭介くん? そうだねえ……。地頭がいいっていうかねえ、人を動かすのが上手かったよね。昔、近衛さんの家族とモノポリーをして遊んだときも、子供だった彼にボコボコにされたよ」

「モノポリーって、人生ゲームみたいなやつでしたっけ」

「そうそう。いつも破産させられてさ。懐かしいなあ、あのときに戻れたらねえ」

 そのつぶやきは、図らずも漏れたのだろう。だからつばめは、聞こえないふりをした。そこに陣や、陣のお兄さんもいたのだろうか。決して見ることはできない光景に、思いを馳せる。

「明日は陣の誕生日なんですよね。おめでとうって、直接言えるかなあ」

「会いに来なよ。明日、陣くんはオープンからラストまでいるからさ」

「……はい」

 十時を知らせるように、壁かけの時計がポーン、と鳴いた。

 穏やかな海、青天、テスト明け。客の表情は穏やかで、その後はトラブルがなにもない一日だった。だからこそ、つばめは歯がゆくてしょうがない。嵐の前の静けさのようで、嫌な落ち着きのなさが、羽虫のようにつばめにまとわりついていたからだ。明日が早く来てほしいような、来てほしくないような、変な焦燥感がついてまわる。

『今日、スーパーとコンビニと雑貨店に行ってきた。ついでに怪しい二人組が万引きするかもしれないから、気を付けてって言っといた。つばめ、明日はバイト?』

 ベッドに寝転んで、つばめはモモへメッセージを送った。

『ありがとうございます。明日はバイトないです。六時に『Café IRORI』に待ち合わせで良いですか?』

『了解!』

 とにかく今は、花村がどう出てくるかだ。つばめは眠気と必死に戦いながら、スマホを大事に抱えながらその時を待った。ただの手のひらサイズの機械。でもいまは、陣と自分をつなげる、唯一の手段。

 午前零時まで、あと五分。あと三分……あと一分。

三十秒、十秒、五、四、三、二、一。

『陣、誕生日おめでとう』

 大好きだよ、という文字は消した。それは陣の目を見て、直接言いたかったから。

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