第2話 退屈姫は偏屈姫

「リリアンヌめが、全て察しておったとはな」


 国王は側近を集め、ため息をついて言った。


「私も姫君の聡明さには驚かされるばかりです」


 宰相は深く頷きながらしみじみと言う。この宰相は、いつも姫君を庇っていた。

 優秀でなければ、すぐに挿げ替えてやるのと国王は常々思っていた。


「いや、愚かだ。あんな事をあのような場でいうなど。大体、退屈退屈というから、音楽も芝居も衣装も最高のものを与えたはずだ。それを、なんだあの娘は」


 その言葉に、大臣は首を振る。


「思えば姫様は、それらを褒めたことなど一度もありませんでした。いえ、仕方なく褒めはしても、二度目を求めたことはないのです。全てにおいて」

「そう言われてみれば、そうですね。そして、王国の新しきものを見せてみれば恥知らずと罵倒する。手がつけられません」


 王の侍従も、信じ難いと吐き捨てた。

 宰相はため息を吐いた。


「姫様には、あらゆる事が簡単すぎるのです。3歳で文字を覚え、10歳のエリオット様の授業を、5歳の年齢の時にはこなしておられました。素振りにしても、ただ剣や鞭を振るのではなく、相手と戦っていることを想定して戦っております。10歳の時、姫様はご自分の書き付けを全て燃やされておいでです。そして、王国の文化の興隆は姫君の3歳から11歳までで終わっております。次から次へと全く新しいものを出していた王子殿下の側近も、それ以来は改良したものばかりで、真に新しいものは全く。暗殺を警戒されていたとはいえ、姫様はよく耐えられています」

「なんだと?」

「品がなく賢いものは皆……。いいえ。事がこう大きくなっては仕方ありませんね。姫様が大事に隠していたアイデアノートを知っているものは皆、今、国で流行っているもので新しい概念の物全てが姫様の発案と知っておりますよ。食事、服装、軍事に至るまでね。指摘すれば、姫様の乙女の秘密を盗み見た自分の罪が明らかになる。だから誰も言わない。ですが、影では有名な話なのですよ」

「だからあれを王としろと?」


 驚愕しつつも、苛立ち紛れの王の言葉に、宰相は首を振った。


「恐ろしいことを! 姫様に王の器はございません。そんな事は陛下もお分かりのはずです。自分にも他人にも求めるものが大きすぎ、応えられなければ切り捨てる。特に軍事に関しては血も涙も痛みすらない荒唐無稽な作戦ばかり。姫様をよく知る者は皆が、王の器にあらずと思うでしょう。いくら陛下にそう差し向けられているとはいえ、あの孤立と軽んじられ具合をご覧ください。私は初めから言っておりましたでしょう。姫様は学者にでもしておいて、手綱をうまく握っておけばいいと。さすれば嬉々として国益と、国王への不適格さを自らばら撒いてくれたでしょう。しかし、今となってはもう、遅すぎる。姫様が今から学べば、姫様の素晴らしさを広めるには十分ですが、姫様の王への不適格さを広めるには時間がなさすぎるからです」


 今、ようやく宰相の真意を正しく知り、王は絶句した。

 自分の器のなさをも突きつけられたようで、王は顔を赤くした。


「ではどうしろというのだ! 姫の求める候補者に押し付けるか?」

「姫様があげた婚約者は、どれも姫様の知恵を使うにたる土壌と資産、器をお持ちの傑物ですよ。間違いなく勢力バランスが壊れます。この状況でお隠れになられても、王の権威を傷つけ、帝国との外交に大いに問題が出るでしょう。それこそ、芸術に注力していただいて、一生独身で大いなる浪費家でいていただくしかないのでは。国王陛下がそう見せたいと願った通りに。ただ、それでも王への教育をしていればと残念がられるのは避けられないでしょうな。やってみてダメだったのと、チャンスすら与えられなかったのでは同じ結果でも全く評価が違います。やらせれば確実に失敗していた上に恩も売れたのに」


 いかにも勿体無い、という表情を隠しもせずに宰相は告げた。

 国益になる人材を、文字通り腐らせるのだからそれも仕方ない。

 暗殺を軽率に口に出すあたりで、姫を慕って庇っていたわけではないとようやく王は知る。そうだ、この宰相は純粋に国政のことしか考えない者だった。

 暗にお前より領主の方が器が大きいと言われ、自分の目が曇っていたことを思い知り、国王はようやく。

 

 ようやく、初めてその言葉を言った。


「姫について、教えてはもらえぬか」


 そうして、アイデアノートの写しの一部を見せられ、王は驚愕した。

 この国で、唯一姫のみが食べないというアイスクリームがあったのだ。その上、王が普段食べている料理の多くがそこに載っていた。


 これを「アイデアを盗まれたから」という理由で食べないというのは、これは凄まじい怒りだ。とても推し量る事ができない。


 その思いを察したのか、宰相は言った。


「舌は幼き頃から育てないと、大人になっても正しく味を知る事はできないと姫様は嘆いておりました。食事だけでもなんとかしたいと」

「今、姫は何を食べているのだ」

「伝統食でございます。陛下が望まれた通りに。公式の時以外は、パンとサラダ、果物を召し上がるだけですが」


 その公式の時の食事だが、それすらあまりに香辛料が強すぎ、検討するという話が出ていた。もちろん、普段の王の食事には、新しき風が吹いている。姫の食事以外は皆そうだ。


「姫は新しき風についてなんと言っている」

「恥知らずの料理だと。姫様は常々自分が料理をしたいとも。陛下は禁じておいででしたが」


 その時、外務大臣が入ってきた。


「帝国が、帝国の高貴な血を持て余すようなら、喜んで姫様を預かると言ってきました。姫様の自由になる予算を提示され、姫様も乗り気です!」

「来ましたか。無理強いはできませんから、予算を積むしかないですね」


 宰相は、再度ため息を吐くのだった。

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