3 支援者 登場!
1 ガレージに通信あり
エルリはガレージに置かれているモニタを眺め、唇を指でなぞった。次いで鼻から息を漏らす。喉が渇いたとデスク上のグラスを見るが中身はカラだった。席を立つのが煩わしい。そのまま爪を噛んだ。どうにも落ち着かない。それは現場に出た二人が向かったのが、”機械の墓場”である廃棄場であることに加えて、苦手な男から通信が入ったからである。
エルリは笠原工業出身のデザイナーベイビーだ。違法オートマタ様の素材として双子のレルラと共に作り出されたが、エルリだけがメトロシティに残り、このガレージに身を置かせてもらっている。仕事を与えてくれた高見佳奈のおかげだ。
しかし、自身のオートマタ実用実験を免れたのはいいとしても、メトロシティでオートマタの管理をしている”事務局”や、北の狭間で不穏な動きを見せる”AI至上主義”たちの目を完全に欺けるわけではなかった。そんな中、元事務局員の男、名を琴平と言ったか。彼が間に入ってくれたおかげで日常は安定しつつあるのだが、エルリはどうにも彼が苦手だった。
がっしりとした体つきに高身長のスタイルは、その年の”中年”イメージからは全くかけ離れており、スーツをまとえば彼の場合それが鎧のようだった。グレイヘアをオールバックにし、窪んだ眼窩からじっとりとした視線を潜らせる姿はまるで死に神のようで、顔面の筋肉を最小限にしか使用しない話し方が特徴的であった。表情筋が死んでいるのかもしれない、とエルリは思っていた。
そんな琴平から、エルリに通信があった。現場に出ている高見や黒澤ではなく、自分宛だ。通信を開く。鼓動が早まった。変な汗も出ている。声もどこか上ずってしまった。
『仕事は捗っているかね』
「ええ、まあ」
エルリは髪をかき上げて返事をした。なにが「まあ」だ、と自分に自答して。
『朗報があるので先に伝えようと思ってな』
「なんでしょう」
『……そう緊張する必要は無い。以前から君たちガレージが希望していた”アタッカー”の派遣だが、一人当てのある者が居る』
「本当ですか?」
『ああ、私のよく知ったアタッカーでな。実は既に現場に向かっている』
「え? それって……」
エルリは言葉を詰まらせた、なぜ琴平が今日のガレージの”現場”を知っているのかと。琴平は特に隠す様子も無く続けた。
『ガレージの二人が私の提示した案件を受注し、廃棄場に向かっていることは知っている』
「あなたの案件!?」
エルリは思わず席を立った。イヤホンに手を添えつつ唇を噛む。またこの男の厄介事に巻き込まれたとは。どこまでも自分をトラブルに引きずり込む男にわずかな苛立ちを覚えるが彼女は腰に手をあて、続きを待った。
『左様。私の案件だ。どうも廃棄場の現場に想定外の”招かれざる客”がいるようでね。とてもアタッカー無しでは対応できんと判断し、このタイミングで派遣させてもらったよ』
「……なんて人!」
エルリの非難を無視する形で琴平は続けた。
『生憎、既に事務局を退いた私に、通信が不安定な”廃棄場”にいるであろう二人への通信手段もないものでな。急遽、君に通信させてもらったよ。すぐに二人に伝えたまえ』
琴平はそう言って、一方的に通信を切断した。エルリはイヤホンをソファにぶん投げた後、急いで黒澤と高見に通信を繋いだ。
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