月代茜ルート 第25話 女装男、叔母の目的を知る。
「叔母さ……花ノ宮愛莉さん、何故、貴方がここに……?」
玄関口に立つ深紅のドレスを着た美女にそう、言葉を投げる。
すると愛莉叔母さんは目を伏せ、フッと、鼻を鳴らした。
「ここには、私の甥と婚約した癖に、脱走した不届き者が潜伏しているからね。捕らえに来たのよ」
「甥と婚約した……脱走した、不届き者……?」
「クスクスクス……ええ、そうよ。ね? 私の甥、柳沢楓馬の婚約者……シャストラール家の末妹、アンリエット・チェルチ・シャストラールさん?」
愛莉叔母さんはそう口にして、目の前に居るアンリエットに鋭い目を向ける。
だが、アンリエットも負けじと、愛莉叔母さんを睨みつけた。
「その話は、花ノ宮有栖さんとお父様とで、三年の期間を設けてくださるという話で両家とも合意したはずです。私が三年の間で売れっ子アイドルになれば、縁談は無かったことに。逆に私がアイドルに無れなければ、大人しく花ノ宮家の御曹司、柳沢楓馬さんの妻となる。そのお話は勿論、貴方にも通っていますよね?」
「それは、あの
「管理って……人をものみたいに言わないでくださいっ!! 私は、花ノ宮家のものではありません!!」
「いいえ、婚約を結んだ時点で、貴方は私のものよ。……貴方、自分の行動を理解しているのかしら? フランシアの旧家ともあろう歴史深きシャストラール家の人間が、婚約が嫌だからと言って逃げ出して、相手の家の顔に泥を塗っているのよ? 子供だからといって、許されることではないわ」
「……ッ!! 花ノ宮家のお顔に泥を塗ったことは……勿論、分かっています……」
「分かっていないでしょう? 売れっ子アイドルになれたら、貴方、うちの楓馬との婚約を無かったことにするのでしょう? ふざけた話よねぇ。何様のつもりなの? 貴方」
「…………」
顔を俯かせ、悲痛な表情を浮かべるアンリエット。
そんな彼女の様子を見て、菫さんとあずささんが何かを言おうと口を開くが―――オレはそれを、片手で押しとどめた。
驚く二人の顔を見つめた後、オレは一歩前に出て、アンリエットさんを庇う形で愛莉叔母さんと対峙する。
「あら? 何のつもりかしら、ドブネズミ」
「大体の話の流れは分かりました。ですが、愛莉さんがそこまでしてアンリエットさんを連れ戻そうとしている理由が未だに分かりません。第一、柳沢楓馬さんはまだ15歳です。そして、アンリエットさんも17歳です。年齢的に見ても、結婚なんてまだできませんよ。三年の期間を設けるのが、妥当な話だと思われますが?」
「クスクス、貴族同士の結婚というのは、式を挙げる前から交流を持つものなのよ。それに……その女は一度、私の手元から逃げ出した。逃げた者を捕らえるのは、管理者として、当然のことじゃないかしらぁ?」
……なるほど。少し、状況が見えて来たな。
元々、オレの婚約者であるアンリエットは、愛莉の管轄下に居た。
だが、彼女は愛莉の手元から逃げ出し―――その後有栖に捕捉され、今度は有栖の管轄下に入った。
そこで、有栖と三年間のアイドル取引を結び、候補生として事務所に所属することとなる。
それを面白くないと思っていた愛莉叔母さんは、有栖が香恋と同盟を結んだのを知ると、逃げ出したアンリエットを捕らえるべくここに来た―――。
何ともまぁ、複雑な状況だな。
有栖と香恋は同盟を結んだが、愛莉叔母さんは別に香恋の手下というわけではない。
香恋陣営に居るだけで、彼女は一個人として動いている。
つまり―――彼女個人は、有栖を未だに敵として見ている可能性が高い。
「……愛莉さん。香恋さんと有栖さんは同盟を結びました。ですから、今、アンリエットさんを無理矢理連れ出すのは、悪手かと思いますよ」
「どうでもいいわ。私は、私に対して舐めた態度をする人間が一番嫌いなの。将来、花ノ宮家の人間となる以上、このフランス女には徹底した調教が必要だわ」
「愛莉さんは、香恋さんを当主にしたいのではないのですか? だったら、有栖さんと敵対するような行動は避けた方が利口では?」
「はぁ?」
愛莉叔母さんは、素っ頓狂な声を上げ、ポカンとした表情を浮かべる。
そして、その後、何かに気が付いたような真面目な顔をすると―――静かに口を開いた。
「……ドブネズミ。お前……香恋や花ノ宮家のことなど、どうでも良くなっているわね?」
「え? い、いえ、そんなつもりはありませんが……」
「そんなつもりはない? だったら、有栖と仲良しこよしする意味などないでしょう? お前も気付いての通り、香恋は今、危うい立場にある。そんな状況下で、あのお馬鹿ちゃんが、落ち目の香恋と素直に手を組むと思う? 香恋を本気で勝たせるつもりなら……お前はここで、有栖と手を組むなどということはしない。ドブネズミ、お前は明らかに、当主候補戦などどうでも良くなっている」
「……」
「お前、自分の立場が分かっているのかしら? 花ノ宮家という魔窟から逃げ出すための努力も、妹を救おうとすることも投げ捨てて、全てを放り投げて―――そこまでしてやりたいことは、いったい何なのかしら?」
「……如月楓として、役者をやりたい。ただ、それだけです」
オレは真正面から静かに愛莉叔母さんの目を見つめる。
すると愛莉叔母さんは、大きな声で笑い出した。
「あはっ!! あははははははははは!! なるほどね!! ドブネズミ、貴方……『天才子役』に戻りかけているわね!? だけど、その目は、過去の怪物だったお前とは違う……とても、不思議な目をしているわ。そうね……例えるならば……由紀お姉さまが、柳沢恭一郎と出会い、他の雑多どもと友人になり、笑みを浮かべるようになった……あの時に近いかしら」
クスリと笑みを溢す愛莉叔母さん。
その顔は、先ほどまでの邪悪な様子とは打って変わり……何処か、母さんに似た優し気な雰囲気が漂っていた。
初めて見た彼女のその姿に、オレは思わず、瞠目して驚いてしまう。
そんなオレを無視して愛莉叔母さんは目を伏せると、再び口を開いた。
「……恭一郎が居て、由紀お姉さまが居て、恵理子、万梨阿、雄二の雑多どもが居て……そして、あそこには、あの桜の木が立っていた御屋敷があった。とても懐かしく、楽しかった、幸せな記憶。ロミオとジュリエットの劇を見て、確信を抱いてはいたけれど……如月楓、お前は本当に由紀お姉さまにそっくりだわ。まるで生き写しのよう」
「愛莉叔母……愛莉さん?」
「……如月楓として役者になる、か。フフッ。悪くないかもしれないわ。そっちの道の方が私の好みよ、ドブネズミ」
愛莉叔母さんは踵を返す。そして、アンリエットへとチラリと視線を向けた。
「お前がアイドルとして成功しようがしまいが、私にとってはどうでも良いわ。だけど、私はお前を、大切な甥の『妻』になる存在として選んだ。これは決定事項よ。お前が何をしようが、私の意志は覆せない。有栖など、私を止める抑止力にすらならない」
「……」
「せいぜい、そのことを覚えておくことね、アンリエット・チェルチ・シャストラール」
そう言い残し、愛莉叔母さんは長い髪を揺らしながら、若葉荘から去って行った。
後に残ったのは……嵐が去った後の静けさだけ。
皆、何処か気まずそうな様子で、静かにアンリエットの背中を見つめていた。
「……ねぇ、カエデ。さっき、あの人と何か、訳ありな感じで喋っていたけど……知り合いなの?」
アンリエットがそう口にして、横に居るオレに声を掛けてくる。
オレはコクリと頷き、とりあえず、茜に説明している嘘の設定を話すことに決めた。
「まぁ、そうですね。話すのが遅れましたが……私は、アンリエットさんの婚約者の柳沢楓馬さんとは、遠縁の親戚、なのですよ。ですから、愛莉さんとは顔見知りでした」
「そうだったんだ……。あの、さっきは庇ってくれてありがとう、カエデ。正直、ちょっと怖かったから、助かったよ」
そう言って、アンリエットはニコリとオレに微笑みを向けてくる。
そんな彼女に微笑みを返した後、オレは振り返り、パンと手を鳴らして、若葉荘のみんなに声を掛ける。
「さっ、みなさん、とりあえず朝ごはんを再開しましょう。ここで棒立ちしていては、時間が刻々と過ぎていくだけですよ!」
「え? あ、う、うん。そうね。じゃあ、みんなでリビングにでも戻って―――」
「アンリエット!! あんた、フーマと結婚する気じゃないでしょうねぇっ!!!! あんな性格の悪そうな女に、素直に従うわけじゃないでしょうねぇっ!!!!!」
茜はアンリエットへと詰め寄ると、その肩を激しく揺らしだす。
アンリエットはというと、目をグルグルとさせながら、慌てて口を開いた。
「ちょ、アカネ! それ、止めて! 目が回るよ!!」
「良いから!! フーマとは絶対に結婚しないってここで約束しなさい!! あんたみたいな美人は、もっと他の男探しなさいよ!! フランス帰って、イケメン捕まえてきなさいよぉぉぉ!!」
「おえぇっ!! 吐く!! 朝からこれは吐くよ!! アカネの顔面にゲロぶちまけちゃうよ!!!!」
ブチギレる茜と、顔を青ざめさせるアンリエット。
そんな二人のやり取りを、オレは、引き攣った笑みを浮かべて見つめることしかできなかった。
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