月代茜ルート 第23話 女装男、幼馴染の素性に疑問を抱く。
「うえーん!! また失敗してもうた~!! 何でうちが作ると全部黒焦げになってまうの~!! ぶぇぇーんっ!!」
大声で泣き喚く、あずささん。
そんな彼女の目の前のテーブルに並べられているのは、真っ黒な炭が乗っている皿の軍勢。
その光景を今宵はジッと見つめると、隣に居るオレを静かに見上げて来た。
「……全部、真っ黒。これ、食べれるのかな……楓」
「止めといた方が良いと思いますよ、今宵さん。ここまで焦げた炭は、身体に悪いと思います」
「……そうなんだ。じゃあ、止めておこうかな」
「ぶぇぇぇぇん!! 炭とちゃうよ~! それ、スクランブルエッグや~!!」
「え゛……スクランブルエッグ……?」
えぇ……料理初心者でも簡単に作れるスクランブルエッグを、炭に変えたのか、この着物ガスマスク女……。
テーブルの向こう側に居る泣き喚く和装少女にドン引きしていると、リビングに、新たな人物が現れた。
「何か朝から騒がしいわね~……って、あら? もしかして、またあずさがダークマターを錬成したのかしら?」
リビングに降りて来たのは、霧島菫さんだった。
だが、オレは、思わず彼女から視線を逸らしてしまう。
何故なら―――彼女は、露出度の高いネグリジェを着用していたからだ。
オレのその行動に、菫さんが、疑問の声を投げてくる。
「? どうかしたの、楓ちゃん? 急に顔を真っ赤にして、顔を逸らして?」
「す、菫さん! な、何て恰好しているんですかっ!?」
「え? 恰好? おかしなところでもある?」
「ほ、ほぼ下着みたいなもんじゃないですか!! 恥ずかしくないのですか!?」
「え、そこ? んー、別に良いじゃない。ここには、女の子しかいないんだし。……もしかして、私のセクシーさに悩殺されちゃった? うっふーん」
「うっふーんじゃないです!! 早く、普通の服に着替えてきてください!!」
「なーんか、楓ちゃんって、純真な男の子みたいな反応するわよね。昨日のお風呂と良い。女の子の素肌に過剰に反応しすぎじゃない?」
「うぐっ!!」
グサリと、その言葉が胸に刺さるが―――これだけは譲ることができない。
彼女は、その、とてもグラマラスな体形をしている。
そして、モデル顔負けの高身長ときている。
視線を逸らさなければ、否が応でも、彼女のその扇情的な体形が目に入ってしまうのは避けられない。
朝から童貞であるオレには目の毒だ。だから、菫さんのその恰好を、視界に入れるわけにはいかない。
「……あ、茜さんを起こしてきます!! し、失礼します!!」
とりあえず、この場から逃げることにしよう。
ガタッと席を立ち、オレはそのまま階段へと向かって行く。
少々強引かつ不自然な手だったかもしれないが……仕方ない。
今は、これが最善策だ。
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「……何か、不思議な子ね、楓ちゃんって」
そう口にして、菫は、去って行った楓の後ろ姿を静かに見つめた。
そんな菫に対して、今宵はキョトンとした顔で首を傾げる。
「……不思議? どのへんが?」
「うーん、説明するのが難しいのよね。何か、挙動が、不思議というか……違和感があるというか……」
「……楓は、多分、良い人だと思うよ」
「わお、お姉さん、びっくり。今宵が初対面の子に対してベタ褒めだなんて。貴方、私やあずさに対しても、初対面の時はすっごく警戒していたじゃない。そんなに楓ちゃんは今宵の御眼鏡に敵ったのかしら?」
「……楓は、お母さんみたい……」
「お母さん?」
「……うん、お母さん。今宵の亡くなったママに、何処か、似ている気がするの」
「へぇ? まっ、人間嫌いの今宵がそう言うのなら、悪い子ではないんでしょうね。……その調子で、アンリとも仲良くしてくれると、お姉さん、嬉しいんだけど?」
その言葉に、今宵はブンブンと顔を横に振る。
「……あの人は、今宵、苦手。多分、仲良くなれない」
「アンリ、別に悪い子じゃないわよ? 色々と癖のある子ではあるけれど」
「……」
今宵は何も答えず、顔を俯かせる。
そんな彼女の様子に、菫は大きくため息を吐くのだった。
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「……茜さん、起きていますか? 朝ですよー?」
ドアをコンコンとノックする。
すると、ドアの向こう側から「入っていいわよ」と、何処か覇気のない茜の声が返ってきた。
オレはその言葉に従い、ドアを開け、彼女の部屋へと入る。
引っ越したばかりだからか、その部屋はオレと変わらず、殆どものが置かれていなかった。
だが、ベッド脇に置かれた小さな丸テーブルに、二つの写真立てが飾ってあった。
そのひとつは、子役時代のオレと並んでいる、幼き日の茜の姿が映っている。
もうひとつは――――――家族写真だろうか。
スーツを着た厳めしい顔をした男性と、優しそうな紅い髪の女性。
その二人の間で幸せそうな笑みを浮かべる、幼い茜の姿。
これが、茜の両親、なのか……?
……? 何だろう? この男性、何処かで見た覚えがあるような……?
それも、結構最近に……クソッ、何か、喉の奥に引っかかっているような感じで、上手く思い出すことができないな。
既視感があるのだが、答えが上手く出せない。
「……おはよう、楓。はぁ……あたし、低血圧だから朝弱いのよね……頭痛い……」
そう口にして、茜はベッドから上体を起こし、額に手を当てる。
見るからに、具合が悪そうだ。
俺はそんな彼女の傍に近寄り、そっと声を掛ける。
「大丈夫ですか? 水でも持ってきましょうか?」
「いらないわ。いつものことだから……数分待てば治ると思う」
そう言って茜は短く息を吐く。そして、テーブルの写真に視線を向けた後、チラリと、こちらに顔を向けて来た。
「あの写真、気になるの?」
「え? あっ、はい。少しだけ」
「二人で映ってる方は、あたしの幼馴染にして最大のライバル、柳沢楓馬とのツーショット写真よ。もう一つの方は……見て分かる通り、あたしの両親の写真。パパ……南沢秀介と、ママ、月代渚。そして、幼い頃のあたしと家族3人で、ホテルで撮った写真なの」
「南沢……? 茜さんの苗字は月代ですよね? 離婚、されたのですか……?」
「……ちょっと、複雑な家庭環境というか、ね。まぁ、くだらない話よ」
大きくため息を吐く茜。その様子から察するに、もうこれ以上話す気はないようだ。
……それにしても、南沢、か。
南沢といえば、真っ先に頭に浮かんでくるのは、『南沢財閥』の名だ。
法十郎の代で財を築いた花ノ宮家よりも歴史深く、日本でもトップレベルの権力と財力を持つ財閥一家。
そして、過去のいざこざのせいで、花ノ宮家とは現在敵対関係にある御家。
それが、南沢財閥。
元々、オレの母―――花ノ宮由紀が、家の意向で無理やり婚約を結ばされた人間が、南沢財閥の者だった。
直接会ったことは無いらしいが、母が婚約を結ばされた南沢財閥の社長は、随分と酷い人間だったと、恭一郎から聞いたことがある。
その、南沢財閥家の血を……茜が引いているの、か……?
何だか、どうにも信じられない。
「ん……大分、落ち着いてきたかも。ありがとう、楓。あたしの傍で、見守ってくれて」
「いいえ。これくらいでしたら、別に……」
「よし。それじゃあ、行きましょうか。朝ごはん、何かしらね」
「朝ごはんは……期待しない方が良いと思いますよ……」
「? 何それ、どういう意味?」
不思議そうに首を傾げる茜。
オレはそんな彼女に、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。
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第23話を読んでくださって、ありがとうございました。
ロミオとジュリエットの劇のシーンの時から、楓馬と茜の立ち位置は、ロミオとジュリエットに近いものにしようと考えていたので……今回、このお話が書けて良かったです。
いつも読んでくださり、いいねを付けてくださる30名の方に深い感謝を。
読んでくださって、本当にありがとうございました。
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