第41話 女装男、役者を辞めた理由を幼馴染に伝える。
「え‥‥? 茜‥‥?」
「‥‥‥‥あ‥‥フー、マ‥‥?」
顔を上げると、茜は瞳を潤ませ、悲痛気な表情を浮かべる。
何故か彼女は、制服、靴下姿のまま、家の前に座っていたのだった。
突如目の前に現れた茜の姿に、オレは何も言葉を発することが出来ず―――頭が真っ白になってしまっていた。
(え‥‥? な、何で茜がここにいるんだ? というか、オレ、今、女装してないし‥‥もしかして正体バレてる? えっ、何これ、い、いったいどうすれば良いんだ? この状況?)
目をグルグルとさせて混乱していると、茜はスッと立ち上がり、オレの顔を正面からまっすぐと見つめてくる。
そして口元に手を当ててクスリと笑みを溢すと、呆れたように眉を八の字にさせた。
「‥‥ばか。久しぶりに会ったっていうのに、何で何も言わないのよ」
「‥‥‥‥え? あ、茜、オレの正体に気付いていないの‥‥か?」
「正体? 何のこと?」
目をパチパチと瞬かせて、不思議そうな顔をして首を傾げる茜。
ん? これは、もしかして‥‥気付いていない? よく分からんがセーフなのかな?
オレは引き攣った笑みを浮かべながら、茜がオレの正体に気付いていないのかを確認すべく、再度口を開いた。
「久しぶり‥‥だよな、オレたち。な、何年ぶりくらいになるんだ?」
「5年でしょ。あんた、急に役者辞めちゃうんだもん。びっくりしたわ」
「あ、あぁ。まぁ、あの時は色々とあってな。茜の方は役者業続けてるんだよな? テレビとかでたまに見るよ」
「まぁね。あたし、誰かさんと違って途中で辞めたりしなかったし。ずっと役者、続けてたのよ」
「すごいよな。今やお前、月ドラに出てるんだもんなぁ。昔から茜は凄かったが、今やオレなんかの手が届かない、遥かな高みに立っているんだから、驚きだ」
「‥‥‥‥」
オレの言葉に、何故か一瞬、茜は悲しそうな表情を浮かべる。
そして左右に首を振った後、踵を返し、背中を見せる。
「‥‥‥‥じゃ、あたし、これで。久しぶりにあんたの顔見れて良かったわ」
「いや、待てよ、茜。お前、まさかその足で外歩く気じゃないだろうな? 靴、どうしたんだよ?」
彼女が何故靴下姿なのかは、先ほどの学校での一件で既に把握はしているが‥‥ここでこの事を聞かないのは、柳沢 楓馬としてはおかしいことだろうからな。
オレのその問いに、茜は肩越しにチラリとこちらに顔を向けると、俯き、静かに口を開く。
「靴は‥‥どっかいったの。心配しないで」
「アホか。急にやってきて、靴下姿で沈痛そうな顔している奴をオレに見過ごせってのか? はいそうですかってここで帰したら、後で罪悪感いっぱいになって気持ち悪くなるだろうが」
「あんた、そんなお人好しだったっけ? 昔はもっと、冷たい奴だったって記憶しているけれど?」
「5年もあれば人は変わるだろ。お前が大女優になり、オレがお人好しの男子高校生になったくらいにはな」
「‥‥‥‥」
「ほら、上がれよ。ちょうどメシの時間だったんだ。ちょっと休んでけ」
オレのその言葉に、茜はコクリと小さく頷くと、そのまま大人しく部屋の中に入って来るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おかえりー。おにぃ、お客さんって、誰だった‥‥の‥‥?」
ソファーの上で仰向けになって寝ていたルリカが、茜の姿を見て、ギョッとした表情で固まる。
そんな彼女の姿に、茜は驚いたように目を丸くさせた後、隣に立つオレへと視線を向けて来た。
「‥‥フーマ、妹居たんだ。てっきり、一人っ子だと思ってた」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてない。子役の時のあんたって、自分のことは一切、話そうとしなかったから」
「そ、そうだっけ?」
「うん。仕事以外のことは一切口にしなかった」
「そ、そっか‥‥あっ、あいつは瑠理花って言うんだ。そんでルリカ、こっちの紅いツインテールの目つきの悪い女は、月代 茜だ。お兄ちゃんの子役時代の旧友。あんまりテレビ見ないお前は知らんかもしれんが‥‥彼女は新進気鋭の若手女優なんだよ」
「ど、どうも‥‥」
「こ、こちらこそ、どうも‥‥」
「ははっ。何だそのぎこちない挨拶‥‥お前らお見合いでもしてるのか?」
二人の何処かおっかなびっくりな挨拶の仕方にクスリと笑みを浮かべた後、オレは両手を合わせ、パチンと大きく音を鳴らす。
「さて。さっそくメシにしようぜ。今日はオレの特製カレーだ。食っていけ、茜」
「うん。ごちそうになるわ」
学校で見る時と違って、何故かしおらしい態度を見せる茜。
オレはそんな彼女に優しく微笑みを浮かべ、そのままキッチンへと向かって歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「‥‥ん。美味しい。これ、フーマが作ったの?」
スプーンを口に運び、向かい側の席からキラキラとした目をこちらに向けてくる茜。
オレも彼女と同様にスプーンでカレーと白米を運び、咀嚼して、ゴクリと飲み込んだ。
「あぁ。そうだよ」
「すごいわね。お店で食べるようなものと遜色がないわよ、このカレー。すごく美味しいわ」
「そんな大したもんじゃないよ。手順通りにやれば誰だって作れるものだ」
「そうなの? でも、あたし、こんなに美味しいもの久しぶりに食べた気がするわ。いつもご飯は、スーパーのお弁当とかカップラーメンとかだから」
「‥‥は? お前、金あるだろ? 何だってそんな荒んだ食生活してんだよ?」
「あたし、今、こっちの学校に通ってるんだけど、通学のためにほぼ毎日東京と仙台を行き来しているのよ。仕事は基本、向こうでやってるの。だから‥‥時間が無くて、ご飯も適当な感じになっちゃうのよね」
「はぁ、売れっ子も大変なんだなぁ。‥‥てか、お前、何でわざわざこっちの学校に来たんだ? 東京を拠点としてるなら、別に向こうでも良かったはずだろ?」
それは、前々から気になっていたことだ。
何故、東京を拠点に活動している若手女優の茜が、わざわざ東北にまで来ているのかがオレには分からなかった。
花ノ宮女学院は芸能科の学校としては有名ではあるが、あそこは実質養成所のような場所であり、プロとして成功している者が本来通う場所ではない。
茜があの学校に入学した理由。オレにはまったくもってその意図が分からなかった。
「‥‥あたしが、こっちの学校に入学したのは‥‥」
何故か頬を赤らめ、上目遣いでチラチラとこっちを見てくる茜。
そんな彼女の様子に首を傾げていると、茜は唇を尖らせ、ぽそりと小さく呟いた。
「‥‥‥‥あんたに、あたしの演技を見せたかったからよ」
「え?」
「な‥‥何でもないわよっ!!!! あたしがどこの学校に入学しようが勝手でしょ!!!! いちいち詮索してくるんじゃないわよ!!!!」
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、典型的なツンデレを見せてくる茜。
オレに演技を見せたかったから、か‥‥。
確かあいつは入学初日の日に、クラスメイトに対してこう言っていたっけな。
『あたしの目標は、ただひとつ。それは、あたしの演技を奴に‥‥魔性の怪物『柳沢 楓馬』に届けさせ、あの怪物を再び舞台の上に立たせることよ。‥‥いいえ、少し、違うわね。あの怪物を倒すことが、あたしの目的であり、女優人生にして最大の到達点だわ』
茜は、恐らく、未だにずっと‥‥オレと競い合っていたあの頃と、変わらないままなのだろうな。
オレの出るオーディションには必ず参加し、オレの出るドラマには必ず共演を希望し、常にオレとの演技の勝負を求め続けていた、執念の塊のような存在だった、五年前のあの頃の茜と――――彼女は多分、一切変わっていない。
ただ、オレを追い続けるためだけに、演劇の世界に居座り続けている。
とっくの昔に子役時代のオレなんて超えているというのに、未だに過去のオレの幻影を追いかけ続けている。
そういや前に、香恋はこう言っていた。
『柳沢くん。私にはあの子の演技が、誰かに何かを必死に訴えているようにしか思えないの。彼女の演技は、片翼を失った鳥が、失った翼を求めて‥‥虚空をもがきながら飛び続けている、そんなふうに感じられるわ。あの子が【子役の呪い】に打ち勝ってまで芸能界に居座り、求め続けているもの。それが何なのかを、貴方が気付くことを、私は心から祈っている』
いくら鈍感なオレだといえども、ここまでヒントを散りばっていれば、分かるものがある。
いや‥‥今までのオレは、分かってはいたが、分かろうとしたくなかったのかもしれないな。
茜が―――――オレが役者として復帰するのを、芸能界でずっと待ち続けているという事実を。
「? 何よ。突然、あたしの顔をジッと見つめちゃって? ‥‥む、昔より、か、可愛くなったとか、も、もしかしてそんなことを言いたいわけ!?!?」
「え? いや、別にそんなことは考えてないけど?」
「考えなさいよ!!!! ‥‥って、ま、待って。そういえば、あたし、今日‥‥」
そう言って突然顔を青ざめさせると、茜は自分の制服をクンクンと臭い始める。
そして今度は顔を真っ赤にさせると、大きな声で叫び始めた。
「フ、フーマ!! お、お風呂、借りても良いかしらっっっ!!!!!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――騒がしかった食事の席の後。
ベランダに出てボーッと夜空を眺めていると、背後から声を掛けられた。
「お風呂、お先にいただいて悪かったわね、フーマ」
背後を振り返ると、そこには髪を下ろした茜が立っていた。
オレが貸したパーカーとスウェットパンツを履いた彼女は、むっとした表情でオレの傍にそっと近寄ると、隣に立ち、口を開く。
「あたし、さっき、汗臭くは‥‥なかったわよね?」
「そんなことを気にしていたのか?」
「今日、ちょっと運動することが多かった日だったから。気になったのよ」
「へぇ、そうだったのか。‥‥というか、お前、何でオレの家分かったんだ? 長年、連絡すらも取り合っていなかったのに」
「こっちに来てから三日間の間に、探偵を雇って調べてもらっていたの。柳沢 楓馬って人の住所を探してください、ってね」
「‥‥‥‥怖。ストーカー?」
「し、失礼なこと言わないでくれる!? あ、あたしは、断じてストーカーなんかじゃないわよ!! 新進気鋭の女優であるあたしが、何で好き好んであんたなんかをストーキングするっていうのよ!! べーっだ!!」
そう言ってあっかんべーと舌を伸ばしてくる茜。
そんな彼女に呆れた笑みを向けていると、茜は八重歯を見せ、にこりと微笑みを見せて来た。
「何だか、フーマとは久しぶりに会ったっていうのに、あたし、思ったよりも落ち着いているわ。前々から、再会した時は一発ぶん殴ってやろうとか思っていたのに」
「子供のころ、散々お前に殴られてきた身としては、それは切実にやめてほしいところだな。お前のパンチは、マジで痛かった」
「フフフッ。当然よ。あんたみたいなヒョロヒョロしてる男に、あたしが敗けるわけがないもの。今喧嘩しても、勝てる自信があるわ!」
そう言ってこちらに顔を向けると、茜は腰に手を当て、ふふんと鼻を高々とする。
そしてその後、もう一度空に浮かぶ満月を見つめると、彼女は静かに開口した。
「‥‥‥‥‥‥フーマ。今だから聞くけど、何で‥‥役者、辞めちゃったの?」
「‥‥‥‥」
「五年前、フーマが役者を辞めるってあたしに言った、あの時。あたし、何の理由も聞かずに馬乗りになって、フーマのこと殴っちゃったよね。‥‥あの時は本当にごめんね」
「あぁ。あの事件か。あれは凄まじかったな‥‥まるでゴリラにでも殴られているかのような暴力の嵐だった。オレ、結局、お前に殴られすぎて気を失ってしまったし」
「‥‥‥‥ばか。女の子をゴリラ呼ばわりしないでよ!」
そう言って頬を膨らませ、ジロリとこちらを睨んだ後。
ふぅと短く息を吐くと、茜は何処か沈痛そうな表情で、口を開いた。
「あんた程の実力があった役者が、役者業を辞めるって言うのだから、引退するのには相当な葛藤があったはずよね。あたしがあの時やるべきだったのは、ただ感情に任せてあんたを殴ることではなくて、あんたの傷を理解することだった。本当、ごめん」
「何言ってるんだよ、お前は何も悪くないだろ。当時のあのクソ生意気な性格のガキだったオレは、殴られて当然の振る舞いをしていたさ。性格最悪だったからな、あの頃のオレは」
「‥‥そのころのあんたは、あたしの目にはすっごくかっこよく映っていたんだけどね」
「は?」
「な、何でもないわよ。と、とにかく! あたしはあんたのライバルなんだから、あんたが役者を辞めた理由を知る権利があるとは思わないかしら!! 今、ここでこのあたしに教えなさい!!」
「役者を辞めた理由‥‥か。そんな大したもんじゃねぇぞ?」
そう言って笑みを浮かべた後、オレはベランダの手すりに背中を預け、肩を竦める。
そして、月を見上げながら、静かに口を開いた。
「オレが役者を辞めたきっかけは‥‥母親が亡くなったからだ」
「え‥‥?」
その言葉に、茜は目を丸くさせ、驚いた顔でこちらを見つめていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます