第37話 女装男、ファンクラブ創設の阻止に挑む。


 昼休み。生徒で賑わう食堂の奥、窓際の四人席で、陽菜と花子は密談を交わしていた。


「――――ふっふっふっ。花子くん、楓っちのファンクラブの進捗はどんな感じかね?」


「花子じゃないです、フランチェスカさんです。‥‥ふっ、やはり、如月 楓の美少女力は本物ですね。彼女は良い商売になります。見なさい、このノートに書かれている、ファンクラブ加盟者の数を!」


「おぉぉ!! ひい、ふう、みい‥‥や、もう数え切れないくらいいんじゃん! 100人くらいいんじゃないの!?」


「112人です」


「マジか。いやー、たったの三日でこの数は凄いね。もう既に、一年生の中ではトップレベルの人気者なんじゃないの? 楓っちは」


「そうですね。一年生の生徒総数は400人程。ですから、全てのクラスの生徒を掌握するのは、時間の問題かと思います」


「こうなったら、二年生、三年生の先輩たちも楓っちのファンにしたいところだね! 目指すは如月 楓ファンクラブで学校統一だ! 楓っちの人気の裏で、陰から学園を支配するアタシと花子‥‥めっちゃかっこよくね?」


「花子じゃありません。フランチェスカさんです。‥‥そうですね。上の学年の生徒も巻き込みたいところね。ですがそれは‥‥結構難しいことかもしれません」


「え? 何で?」


「三年生の銀城 遥希という先輩が、とても人気だからです。それに、二年生にも、現役アイドルで人気のある生徒が一名います。既に厚いファン層に囲まれているこの二人を踏破するのは、至難の業でしょう」


「んー、確かに? でも、たった三日でファンクラブが出来た女の子って、この学園の歴史上、楓っちが初めてなんでしょ? だったらいけるんじゃないの?」


「そうですね。私も、彼女の人気は素晴らしいものだと思います。楓さんなら、きっと―――――」


「あ」


「? どうかしましたか、陽菜さん。私の後ろを見つめて‥‥?」


「‥‥‥‥お二人とも? ちょっと、よろしいでしょうか?」


 花子が背後を振り向くと、そこには笑顔で額に青筋を立てる楓と、その背後で困った笑みを浮かべている穂乃果の姿があった。


 その光景に陽菜と花子はゴクリと唾を飲み込むと、穂乃果に視線を向けて、静かに口を開く。


「まさか‥‥穂乃果、喋っちゃった?」


「喋ったのですか? 巨乳女?」


「すいません‥‥私はお二人よりも、お姉さまへの忠誠を貫くことにしましたです‥‥」


「‥‥お二人とも? 少し、お話を聞かせてもらっても‥‥よろしいですよね?」


 楓のその圧のある一言に、陽菜と花子はガクガクと、肩を震わせることしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「まったく。今朝、同じクラスの方からファンクラブの話を聞いて、心底驚いたんですから。それもまさか、そのファンクラブを作ってらっしゃったのがお二人だったとは‥‥寝耳に水の話でした」


「うぅぅ‥‥申し訳ないッス、はい‥‥」


「フランチェスカさんもこの通り、反省しております。反省猿」


「‥‥‥‥一応、聞いておきますが、何故、ファンクラブを作ったのですか? その意図は?」


「そ、それは‥‥楓っちが、穂乃果を助けた時のこと、クラスで騒がれていたからサ‥‥ならいっそ、ファンクラブ作って学校全体で盛り上がっちゃえば? みたいな? ノリで?」


「花子さんは?」


「花子じゃありません、フランチェスカさんです。‥‥フランチェスカさんは、これは良い商売になると思ったんです。隠し撮りした楓さんのブロマイド、裏で高く売れたもので。フランチェスカさんは独り暮らしの苦学生なので、お金の匂いには敏感なのです」


「いや、それ、盗撮じゃないんですか!? てか、私でお金稼がないでくださいよ!! 盗撮した写真、今ここで全部出してください!!」


「そ、そんな‥‥!! フランチェスカさんのお家には、お腹を空かせたバハムートとリヴァイアサンとヨルムンガンドがいるのですよ!?!? 可哀想だとは思わないのですか!?!?」


「バハ‥‥なんて?」


「花子ちゃんが飼っている猫たちのお名前ですよ、お姉さま」


「えぇ‥‥猫にそんな名前付けてるんですか、花子さん‥‥」


「ですから! 私の名前はフランチェスカさんです!!!! いい加減、覚えてくださいっっ!!!!」


 台パンし、涙目になって頬をプクッと膨らませる花子チェスカさん。


 その小動物のような可愛らしさに思わず許してしまいそうになるが‥‥残念ながらオレは、そんなに甘くはない。


 根っからのお兄ちゃん属性のオレといえども、中二病全快のロリっ子相手に、女装した写真を売られては敵わないからな。


 それこそ、死活問題になる。男としての。


「花子さん、申し訳ありませんが、この件について退く気は―――――」


「いいんじゃない、ファンクラブ。私が許可してあげる」


「へ?」


 突如、背後から声がしたので、振り向いてみると―――そこには、香恋の姿があった。


 香恋は昼食のサンドウィッチが載ったトレイを持ったまま、オレたちの元に近付いて来ると、微笑みを浮かべて再度、口を開く。


「如月 楓が人気になることは、私としても望むところよ。春日 陽菜、佐藤 花子、貴方たちの活動を私が全力でバックアップしてあげる。何か金銭的な援助で必要なことがあったら、いつでも私を頼りなさい。これ、私の連絡先」


 そう言うと、香恋は紙切れ一枚を、陽菜へと手渡した。


 そして何も言わずに、彼女はそのまま去って行ってしまった。


「だ、誰? 今の綺麗な人‥‥?」


「今の黒髪のお姉さん、すっごく、ブルジョワな香りがしました。フランチェスカさんはお金の匂いには敏感なので分かります。あの方は確実に大金持ちです」


「今の人って‥‥私が痴漢されていた時に助けてくださった、お姉さまのご友人の方、ですよね?」


「そう‥‥ですね。私の‥‥友達、です‥‥」


 香恋の奴め‥‥何て間の悪い時に現れやがるんだ‥‥。


 それも、ファンクラブを支援するだと?


 絶対、オレが阻止するの分かってて先手打ってきたんだろ、オイ‥‥。


 オレは、陽菜と花子の『如月 楓 ファンクラブ』創設を阻止することもできずに‥‥どんよりとした空気の中、そのまま昼食を摂るはめになってしまった。

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