第16話 女装男、学校中で注目の的になる。


 腰を低くし、身体を横に向け、空手の構えを取る。


 そして、こちらに向かって走って来る暴漢と、オレは静かに対峙した。


「そんな構えを取ったところで、女のお前に何ができるってんだ、クソガキ!!!!!」


 男はナイフを突き刺そうと、オレに向かって突進してくる。


 その動きは直線的なもので、顔を狙おうとしているのがまる分かりだった。 


 オレはまっすぐと手を伸ばし、男の注意を腕へと向けさせる。


 そして、その後、地面を蹴り上げて大きく跳躍すると―――男の手首へと、強烈な回し蹴りを放っていった。


「ッ!?!?」


 カランと音を立てて、ナイフは地面へと落ちる。


 男は手首を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。


 そんな彼に向かって、今度はボクシングの構えを取り、オレは男の顔面に向かって、数発ジャブを叩きこむ。


 鼻っ柱に一発、頬に一発、顎に一発。


 それなりの力を込めて三発拳を叩きこむと、痴漢男は膝を地面に付け、顔を押さえて悲鳴の声を上げ始める。


「ひ、ひぃぃぃ!! い、痛い痛い痛い!!!! も、もうやめてくれ!!!!」


 鼻血を流し、怯えた顔でそう懇願する痴漢男。


 オレは、構えを止めて、無表情で男を見下ろした。

 

 そして大きくため息を吐くと、彼に睨みを利かせながら、静かに口を開く。


「‥‥お前が痴漢した穂乃果は、きっと、今のお前と同じ光景――一方的に嬲られる恐怖を感じていたのだろうよ。これでその痛みが分かったか、クソ男」


「‥‥ぇ?」


「ったく、男の株を下げてんじゃねぇよ。てめぇみたいなのがいるから、女性専用車両だとかができて、何の犯罪も犯していない男の立場が悪くなってんじゃねぇか。善良な野郎どもに頭下げて誠心誠意謝りやがれ、変態野郎が」


 そう言ってペッと地面に唾を吐き捨てると、オレはスマホを取り出し、警察に連絡を入れる。


 そして通話を終え、スマホの電源をオフにすると、背後にいる穂乃果へと視線を向けた。


「穂乃果さん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 穂乃果は目をパチクリとさせると、突如祈るように手を組み、潤ませた瞳でこちらをジッと見つめてくる。


 オレはそんな彼女に思わず、小さく首を傾げてしまった。


「? 穂乃果さん?」


「‥‥‥‥お姉さま。貴方様は、貴方様は‥‥」


「え、何ですか?」


「貴方様は‥‥‥‥‥‥‥‥やっぱり、かっこよすぎますよぉおうーーーーっ!!!!」


 穂乃果がそう叫んだのと同時に、周りからキャーッと、大きな黄色い声が発せられた。


 周囲へと視線を向けてみると、そこには、オレたちを囲むようにしてこちらを見つめている女子生徒たちの姿があった。


 どうやら、先ほどの一部始終を、登校途中の女子生徒たちに目撃されてしまっていたらしい。


 ‥‥‥‥というか、今更だけど、さっき、割と地で喋っていたよな、オレ‥‥。


 元々、地声が少しハスキーよりの女性的なものだから、女として違和感のないものとして通っていたのだろうが‥‥男口調で喋ったりしたら、それはもう間違いなく普段の『柳沢 楓馬』でしかないだろう。


 仕方なかったとはいえ、格闘技で痴漢男を叩き伏せてしまったし‥‥オレの中身が男であることがバレる要因を、この場でいくつも露見させてしまったな。


 眉間に手を当て、疲れたように首を左右に振る。


 そしてチラリと、さりげなく周囲を観察してみた。


 見た感じ、この光景を見ていた女子生徒の中にオレを訝し気に見ている生徒の姿は‥‥いなさそうだな。とりあえず、セーフと見て良さそうか。


 てか、何つー凡ミスかましてんだよ、オレは‥‥もし、これがきっかけで誰かに男だってバレたらどうすんだ‥‥。


 そう心の中で深いため息を溢しながら顔を上げると、そこにはキラキラとした目でこちらを見つめる穂乃果と、大勢の少女たちの姿が。


 オレはそんな周囲を取り囲む女子生徒たちに「ははは」と、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 花ノ宮女学院には、普通科、女優科、アイドル科、声優科、タレント・モデル科の5つの学科がある。


 基本的に1限目~4限目までが通常授業となり、5限目~7限目までが各種学科ごとに分けられる特別授業のコマとなっているみたいだった。(普通科は午後授業は文系・理数系の選択科目授業らしい)


 だから、午前中の授業は通常の学校と変わらない、数学や英語などのフツーの授業を学ぶことになるようだ。


 まぁその辺はいかに芸能科の学校といえども、勉学を疎かにしてはいけないという、高等学校の当然の教育方針なのだろう。


 もし、芸能でメシを食っていくことができなかった場合、最後に頼りになるのはやはり自分の学歴だろうからな。


 芸能事というのは、一種、博打みたいなものだ。


 だから保険である勉学は、何よりも大事なものなのである。

 

「‥‥‥‥今朝、女子生徒を襲った暴漢を、あの御方が倒されたそうですよ?」


「何でも、格闘技を使って大の男の人を圧倒したとか‥‥目撃した普通科や声優科の生徒たちが、凄くかっこよかったって、クラス内ではその話が持ち切りみたい」


「白っぽいブロンドの髪に、青い瞳のあの目立つ姿も相まって、他の科で知名度がぐんぐんと伸びているそうね。如月 楓さん、でしたっけ? 不思議な人ね、あの人」


 一限目が終わり、休み時間。


 次の授業に使う教科書を机の上に並べていると、こちらを遠巻きに見ながらヒソヒソと会話している女子生徒たちの声が耳に入ってきた。


 もうすでに、あのことが噂になっているのか‥‥。


 なるべく目立たずに学校生活を送って行きたいので、どうか今日一日で噂が止んでくれると助かるのだが‥‥この様子じゃそうもいかない、か。


 こちらに向けられているクラスメイトたちのその視線にふぅとため息を吐いていると、ポケットの中のスマホがブブッと鳴り響く。


 取り出して画面を見てみると、そこには陽菜と香恋からのメッセージがあった。


 陽菜『穂乃果から聞いたよ、楓っち!! 大活躍だったんだってね!! 一年生の間だともうみんなこの話でもちきりだよ!! 中には、「楓お姉さまとお話してみたい」‥‥って言ってる子がたくさんいたよ!! モテモテだねー!! ヒューヒュー!!』


 ‥‥‥‥やっぱり、一日二日で何とかなる問題じゃなさそうだな。


 というか、穂乃果以外にもオレをお姉さまだとか言ってる奴がいるのか‥‥? 噓、だろ‥‥?


 絶望しなら、次は香恋のメッセージを開いてみる。


 香恋『昼休み、屋上な(^_-)-☆』


 ‥‥‥‥‥‥‥‥。


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん、嫌な予感しかしない。



 

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