神血の開拓者たち

鯖缶

異形の巣食う大地

1.遭遇

 目が覚めると、見知らぬ天井が早鉦さがねまいの目に飛び込んできた。飾り気のない無機質なこの部屋は、人を短期間留めておく以外の機能を有していない。

平凡な高校生の舞が何故裏組織に誘拐されているのか、ことは一時間ほど前に遡る。




 何もない日常のことを『灰色』と表現することがある。高校を卒業し、昼間からベッドで寛いでいる舞を、極彩色ビビットカラーの非日常が急襲した。


 鳥が部屋に突っ込んできたのだ。


無論、ただの鳥に腰を抜かすほど舞は小心者ではない。


の、が、窓はおろか、壁さえも突き破ってきたのだ。


舞が侵入者、いや侵入鳥の姿を検めるより先に、壁が吹き飛んだ衝撃で飛び起きる。

そして瓦礫に塗れたそれと目が合い、今度こそ腰を抜かした。


何かの冗談だと思った。こんな事が自分の目の前で起きるなんて。自分の目を、頭を、意識を、果ては世界を疑った。


しかし、限りなく明晰な意識と、走り込んだ後のように熱い心臓と、翻って冷え切った頭が、これを、現実だといたく認めさせた。


怪鳥は動く素振りを見せない。不揃いな瞬きだけが生命の継続を知らせている。


(瓦礫の重みで動けないのか?)


やっと一息ついた舞の意に反し、怪鳥は瓦礫を跳ね退けて襲い掛かる。


「なっ……!!」


その巨体

万事休す。振り下ろされる鉈のような鉤爪に、目を閉じるしかなかった。


……

……………

…………まだ、生きている。

恐る恐る目を開ける。凶脚は舞の目の前で静止していた。

彼の両手に握られた一対の刀が、すんでのところで受け止めている。

この事態に最も混乱しているのは舞本人だ。見覚えのない刀を二本、しっかりと構えているのだから。


鉤爪をなんとか払い、そのまま胴に刀を突き立てる。無我夢中だったが、驚くほど軽快に身体が動く。

痛みに鳥が嘶いた、その時。


仰け反る頭を、突如飛来した光線が音もなく貫いた。


「大丈夫?」


壊れた壁からひょい、と人が顔を覗かせてきた。


「……ここは2階なんだが」

「お、間に合ったね」


話を聞かない人だ。そのままズカズカと家に入り込んできた。

で、デカい。180はゆうに超える巨体だ。それなのに圧を感じないのはこの男の袖から覗く手首が枝のように細く、肌が病的に青白いからだろう。

男は左眼を隠すように紅い包帯を巻いており、長い布を幾つも重ねた奇妙な服を着ている。


「無事でよかったよ。上からで申し訳ないが、自己紹介を済ませようか。私の名前は涼神すずかみ詩熾しおり。よろしく」


へたり込んだ舞に手を差し出し、握手を求めてくる。


「早鉦舞です。さっきはありがとうございました───」


両手を塞ぐ二本の刀が握手を拒んでくる。


「すごいね。そんなの持ってるんだ」

「いやこれは……何か勝手に生えてきて……」

「……へぇ……ふゥん…………」


気がつくと詩熾はスマホで電話を掛けていた。舞がポカンと見上げていると、手元で金属の割れた音が鳴り響く。驚いて目を向けると刀は消え、手錠が掛けられていた。


「えっ、何ですかこれ───」


目線をもう一度詩熾に戻すと、包帯の外れた左眼と目が合う。

命の恩人の凍てつくような目線は、舞の意識を一瞬で海底に引きずり込んだ。


そして目が覚めて、今に至る。


「クソ……何が何なんだよ……」

「今から説明するよ」

「うわァ!?」


ベッドの横に誘拐犯詩熾が腰掛けていた。

息の音ひとつ立てず寝顔を見られていたと思うと少し恥ずかしい。


「まず君を襲ったのは異世界の怪物、深蝕種しんしょくしゅって言ってね。

最近──って言っても百年くらい前なんだけど、日本のある場所に大穴が空いて、その中に巨大な空間があったんだ。今は深界しんかいって呼ばれてるそこは、さっきみたいな化け物の巣窟だった──ってワケ」


待て待て。異世界?大穴?卒業したての高校生に言葉の洪水を浴びせかけるのはやめて欲しい。


「アハハ、何が何だかって顔だね。話すことはまだまだあるし、場所を変えようか。お腹も空いたでしょ」


いつの間にか手錠が消え、舞は詩熾に連れられるまま部屋を後にした。

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