第6話 初手キノコ
先程神竜の力とやらで魔法少女に変身した私。
なんとまぁ吃驚することに、この魔法少女の服の着心地は、どんな高級ドレスよりも良かった。
まるで何も着ていないぐらいに身が軽い。
ふとした瞬間、私は全裸なのかしらと疑いたくなるぐらいに軽い。
それでいて不愉快な暑さも寒さも感じることなく、やっぱり全裸なのかしらと己の体を二度見するほどである。
勿論全裸ではなくて、愛らしい魔法少女スタイルなのだけれど。
耐久性も抜群らしく、草むらをざかざか進んでも、服はほつれたりもちぎれたりもしないし、むき出しの足や腕にも傷がつくことはなく、ちょっとした棘のある草に腕をひっかけても、痛みさえない。
見えない強靭な防御壁に包まれているようだ。
さらに言えば私の身体能力もかなり底上げされるらしく、ちょっとした岩ならえいや、と持ち上げてどかせるし、ちょっとした崖ぐらいは、それ、と飛び越えられるのである。
「ソロキャンに来たはずなのに、魔法少女になるとか、人生何が起こるか分からないものですね」
食料を求めて森を突き進む私の横を、ヴィルヘルム(小型)がふよふよ小さな羽で飛んでついてくる。
ヴィルヘルムの背中には申し訳程度の小さな羽がついているのだけれど、それをぱたぱた動かして飛ぶとか物理法則を無視している気がするのでたぶん羽は飾りなのだろう。
「魔法少女ではない。神龍の乙女だ」
ヴィルヘルムはこの辺のことは真面目らしく、逐一訂正してくる。
因みにせっかく愛らしいマスコット的な姿になったというのに、声は低いままである。
渋めの男性の声で話をする愛らしい犬的な使い魔のヴィルヘルム。
これはこれで、悪くない。
「ちなみにヴィルヘルム、この魔法少女、ではなくて、神龍の乙女の私には、制限時間などはないのですか?」
「制限時間? 何故そのようなものを設ける必要がある。戦いにおいては不利になるだけだろう」
「いえ、三分経ったら変身が解除されるなどといったことも、この界隈にはありますので」
「どの界隈だ。少なくとも俺はそのようなことは知らん。俺とお前は不滅の契約を結び、今はすでに運命共同体だ。俺が極度の傷を追ったり消滅した場合のみ、お前の力が失われる可能性があるが、それ以外は制限などは特にない」
「つまり、ヴィルヘルムが倒されるまでは私は好きなようにヴィルヘルムの力を出したり入れたりできるわけですね」
「出したり入れたりはできない。基本的には、俺からお前への一方通行だ」
「衣装替え以外に何ができるのですか。たとえば、ソロキャンの役に立ちそうな能力がなにか」
「野営の役に立つといえば、そうだな――」
「ヴィルヘルム、しぃ、です」
私はヴィルヘルムの口を両手で塞いだ。
ヴィルヘルムの体を両手にすっぽりおさめて背後から口を塞いでいる私、今まさに幼児を誘拐する誘拐犯の気持ちを味わっている。
それはともかくとして。
「ヴィルヘルム、鬼マタンゴですよ」
「鬼マタンゴだな」
私の視線の先、木々の合間をぬったその先に、私よりも二回りぐらい大きい二足歩行のキノコの姿がある。
人型の肌色の胴体に、二本の足。腕はない。
頭には薄茶色のキノコが沢山はえていて、つるりとしている。
たくさん生えたキノコが二股に別れていて二本の角のように見えるので、鬼マタンゴと呼ばれている魔物の類である。
因みに、美味しいらしい。
「捕獲しましょう」
「食うのか、リコリス」
ヴィルヘルムが私の手の中で口をもごもごさせながら言った。
濡れた鼻先が手のひらにあたってちょっとくすぐったい。
「ええ、今夜はキノコ鍋ですよ、ヴィルヘルム」
お鍋と宣言してしまった後だけれど、そういえば、お鍋がないわね。
あと、鬼マタンゴを調理した経験も当然ながら無い。
知識ならある。
ルーベンス先生の著書を読み漁った私なのだから、完璧に調理ができるはずよね。
そうですよね、ルーベンス先生。
私の心の中のルーベンス先生がサムズアップしてくださる。「リコリス君なら大丈夫だ!」という声も聞こえてくるようだ。幻聴だけど。
「さぁ、戦闘です、ヴィルヘルム」
「鬼マタンゴなど弱いだろう」
「なんと私、産まれてこの方戦ったことが一度もないのです。冒険者で言えばヒノキの棒を振り回すレベル一といったところ。つまり、初戦闘です。これが偉大なるリコリス帝国の第一歩となるとは、今はまだ誰も知る由がなかった」
「そうか、良かったな」
そこそこに魔法はつかえるのだけれど、それは魔法学の授業で習った程度のものである。
流刑になるまではソロキャンを夢見るどこにでもいる公爵令嬢でしかなかったので、魔物と戦うような目にあうことなど一度としてなかった。
それに私の傍には妹のアリアネちゃんがいた。
アリアネちゃんは聖女である。
産まれたときに女神の祝福を受けた正真正銘の聖女だ。
だから魔物にはめっぽう強いというか、生きる魔物駆除装置みたいなものなので、アリアネちゃんの半径百メートルには魔物はまず近寄れない。
近寄ろうとするともれなく消滅する。
つまりアリアネちゃんと一緒に生きてきた私に、魔物と出会うような隙は一切なかったというわけ。
「おいでませ、神竜の剣!」
私は鬼マタンゴに向かって走りながら、己の胸から剣を抜いた。
どこからどう見ても新手の魔法少女である私は、食料確保のために鬼マタンゴに切りかかった。
鬼マタンゴには目はないし、口もない。
どこで見ているのか分からないけれど、私の突進に気づいて沢山あるキノコの笠を逆立てる。
紫色の妖し気な胞子が木々に囲まれた森の中に充満する。
なんとはなしに甘い香りのするそれを吸い込まないように、私は息を止めた。
『鬼マタンゴは魔物の中では下級に位置する弱い存在だ。因みに美味なので、他の魔物に良く捕食されている』
頭の中にルーベンス先生のワンポイントアドバイスが実況中継される。
ルーベンス先生は著書の他に週一回のキャンプドキュメントバラエティ番組もされていて、眩い大胸筋を曝け出した裸エプロン姿で(ちゃんとズボンははいているので放送コードには引っ掛からない)食べられる魔物についての知識を披露してくださる。
ルーベンス先生の相方の解説実況の『メスティン・ユマ』お姉さんにいつかなりたいと、私は憧れたものである。
『魔物界の食物連鎖の最下層にいる鬼マタンゴだが、繁殖力が非常に強く、絶滅することはまずない』
ルーベンス先生が鬼マタンゴにキャメルクラッチを決めながら行う解説を、私は昨日のことのようによく覚えている。
他のことは結構忘れがちな私だけれど、ルーベンス先生については忘れないのである。
何せ神のお言葉なのだ。キャンプ界の神のお言葉は、全て記憶しておきたい。
ルーベンス先生が鬼マタンゴの頭のキノコをぷちっとねじ切ると、そのキノコは新たな子供鬼マタンゴとしての活動をはじめた。私の脳内で。
『このように、頭にある子株が分裂して新たな鬼マタンゴとなる。外敵に襲われた時などは、自ら子株を切り離して、逃げていく。子株が全て逃げ終わった後の鬼マタンゴは、泥酔した夜明けのおじさんのようなしおしお具合なので、旨くないから気を付けるように』
「泥酔した夜明けのおじさんは、食べたくないです、先生!」
『子株を切り離す際に、子株を守るために紫色の胞子をまき散らす。命の危険はないが、これは軽度の混乱効果がある。感情の起伏が激しくなり、やたらと楽しくなったり悲しくなったりする程度のものだ。目くらましの目的が主なので、感情の乱れに気を取られずに捕獲すると良い』
どうしよう、かなり楽しくなってきちゃったわね。
私は「あはは」と笑いながら、紫色の靄をかきわけて鬼マタンゴの胴体から、きのこがはえている頭の部分をすぱん、と切り離した。
『そうだ、リコリス! 捕獲する時は一撃だ! まるでキノコを収穫するように、きのこの株から胴体を切り離すんだ、良くできたな!』
ルーベンス先生の幻が、私を称賛してくださる。
私は両手いっぱいのキノコを天に掲げて、ひーひー涙目でひとしきり笑った後にげほげほ咳き込んだ。
「……リコリス、大丈夫か?」
ヴィルヘルムのものすごく戸惑ったような、心配そうな声が聞こえたような気がした。
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