第4話 きほんのき



 結論から言うと、ヴィルヘルムから貰った神竜の剣とやらの切れ味は抜群だった。

 私は闘牛士もかくやというぐらいに赤いドレスのスカートを風呂敷がわりにして、落ちている小枝やら、神竜の剣ですっぱりと切った枝やらを抱えて、ヴィルヘルムの元まで戻る。

 戻ると言っても、ヴィルヘルムはかなり大きいので、ヴィルヘルムの尻尾の先から頭側に移動した、程度の距離なのだけれど。


「ドレスを脱ぎ捨てなくて良かった、私の理性がもう少し溶けるのが早ければ、今頃全裸になっているところでした」


 ふいーと息を吐きながら、私は額に滲んだ汗を腕で払った。

 この感じ、ソロキャンしている感じがすごいする。

 青い空、青い海、白い砂浜、汗と砂塗で汚れた私。

 良い。凄く良い。ひしひしとソロキャンを満喫している気がしてくる。


「無駄にびらびらと邪魔くさいドレスで放り出された甲斐があったというものです。ドレスの使い道、思えば結構ありますよね。これほど面積の大きな布なのですから、寝袋の役目を果たしてくれるやもしれません」


 ドレスのスカートに包むようにして運んできた薪を砂浜の上にぽいぽい並べて重ねながら、私は独り言を言った。

 当然返事はない。

 だってこれはソロキャンだから。

 ヴィルヘルムは食事以外に興味がないのか、寝そべったまま目を閉じて動かない。

 巨大すぎる置物のようになっている。

 まるで海辺に打ち上げられた鯨である。

 竜だけど。


「しかしこのサバイバルナイフのようなもの、は切れ味が良いですねぇ。これなら、丸太も切れるのではないでしょうか」


「この世で一番硬い岩甲虫も簡単に切ることができる。なんせ、対魔用の神剣だからな」


 剣の話になると、ヴィルヘルムは律儀に答えてくれた。


「へぇ」


 なんか色々言っている気がするけれど、あんまり興味のなかった私は生返事をした。

 丸太を切ることが可能だと確定した時点で、私の興味は丸太にしかないのだ。

 私は森へと舞い戻り、手ごろな太さの木の前に立った。

 丸太を切りたいと心に思い浮かべると、木の幹に赤い線が浮かんだような気がした。

 気のせいかと思ってパチリと瞬きをしたけれど、相変わらず赤い点線のようなものが私の見ている景色に、絵筆で線を引いたように浮かび上がっている。

 まるで剣が己の扱い方を教えてくれているようだった。

 剣を構えて、スパッと木の幹を一刀両断する。

 バターにナイフを通すようにして、あっさりと刃が硬いはずの木に沈み込む。

 まさに一刀両断。

 王国一の剣士になったぐらいの、実にスマートな剣捌き。

 私は自分自身にちょっと惚れ惚れしながら、剣をさっと一振りすると、切り倒した幹に背を向けてモデル立ちなどしてみる。


「またつまらぬものを切ってしまった……」


 決め台詞と共に、背後で切り倒された木がずしんと地面に倒れてぶつかる音がした。

 最強の剣士感を満喫した私は、横倒しになった木を持ち運べる程度の大きさに再び切った。

 ちょうど二歳児ぐらいの大きさに切った切り株を、私は玉転がしの要領でゴロゴロ転がして薪の横まで運んだ。

 立てた丸太の年輪の浮かぶ断面に、十字形に切れ込みを入れる。

 そこに太めの枝を削いで作った木屑を、切れ込みに少しだけ押し込むようにして上に乗せる。


「さぁ、いよいよ火起こしです。木を擦り合わせる方法もあるのですが、ルーベンス先生は使えるものは使えと言っていましたし、手の込んだ料理よりも一杯のカップ麺が至高だと思える時もあると言ってくださる、主婦に優しい柔軟な思考の持ち主ですので、ここは私もサクサクっと魔法を使ってしまいましょう」


「……なんだ、リコリス。魔法を使うのか」


「そうですよ、ヴィルヘルム。火起こしに時間を取られていたら、拠点を作ることができませんからね。今日の目標は、寝床の確保までです」


「料理は」


「もちろん、腹が減っては戦はできないので、料理もです」


 ヴィルヘルムは、嬉しそうに尻尾だけパタリと動かした。

 ヴィルヘルムは大きいので、パタリなんて可愛いものではないのだけれど。


「燃やせ、火球」


 短い詠唱とともに、私の魔力を込めた手のひらから手のひら大の赤い火の玉が生まれる。

 それは丸太の上を焼き、木屑に引火して、丸太の切れ込みを赤々と燃やし始めた。


「できました、これぞ最近流行の丸太トーチ。保温力もあって火が安定していて、丸々一晩ぐらいは追加の薪をしなくても燃え続ける優れもの。直接上に鍋などを置くと、コンロの代わりにもなってしまうという、ソロキャンに慣れた方々にはお馴染みの焚き火です」


「なるほど、そこで食料を焼くのだな」


「そうなんです。丸太トーチは安全性と機能性とオシャレ感を兼ね備えた、素晴らしい焚き火なのです。さあ次は、住居ですね、住居」


 私はヴィルヘルムの顔を見上げた後に、徐にドレスを脱ぎ捨てた。


「おい、リコリス。今、お前は俺を見て確認しただろう。それは俺の性別が雄であることを気にしたが故の行動ではないのか。なんと清々しい脱衣だ」


「ヴィルヘルムは雄かもしれませんが、竜ですので。それに私はソロキャンの最中なので、一人きりという設定です。竜は人数にカウントしません」


 私は無駄に嵩張るびらびらのドレスを両手に抱えた。

 丸太トーチのほど近くに敷くと、あっという間にキャンプ地が出来上がったようで、私は腕を組むと深く頷いた。

 ちなみに私は別に全裸とかじゃない。

 ああいったドレスの下には結構いろいろ着ているのである。

 一番下に着るのがコルセットと下着で、その上からスカートを膨らませるためのパニエがついた白い肩紐がないタイプのドレスをもう一枚着ている。

 一皮剥けばまたドレス。玉ねぎみたいだ。




 

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