追放された公爵令嬢は、流刑地で竜系とソロキャンする。

束原ミヤコ

第1話 序章:リコリス、流刑される。



 遠くに見えるは、三連に連なる切り立った山脈。

 山脈には雪が積もっている。

 遮るものの何一つない晴れ渡った空には、薄い雲が靡いている。

 足元は、青々と草が茂り、ブーツをさわさわと撫でていく。

 

「場違いよね」


 私は身に纏っているドレスのスカートを引っ張って言った。

 赤く長いスカートは足に絡みつく。

 肩は出ているし、薔薇の飾りはついているし、草原に突如として現れた通常よりも三倍速そうな赤さの私。

 どう考えても動物さんや魔物さんたちの格好の獲物としか思えない。


 獲物になってやるつもりはないのだけれど。


「それにしても、今時流刑なんて。時代錯誤だわ。流刑地で野垂れ死ねとか思ってるのかしら……」


 ドレスの裾を引っ張りながら、私はずんずんと森の方向へ向かって歩いていく。

 草原は何もない。

 見渡す限りの、草。草。草。

 笑っちゃうぐらいの大草原である。


「大自然に一人ぼっち、か……」


 ずんずん進みながらぶつぶつ呟く。

 心地良い秋風に、私の艶やかな黒髪が靡く。

 髪もまぁ、邪魔と言えば邪魔よね。

 スカートと同じ。

 長くて靡くものは、大草原と深い森と山にはあまり相応しくない。

 スカートを切ろうが髪を切ろうが、私の状況が良くなるわけじゃないのでしないけど。

 だって、なんだか負けた気がするものね。


「流刑地には私以外にはだれもいないのかしら」


 とある理由で王家への反逆罪に問われた私。

 投獄されて、弁明も許されることなく、あれよあれよという間に目隠しをされて、流刑地に連れてこられたのである。

 流刑地の場所は確か『東の荒れ地』と言っていた気がする。

 荒れ地というには荒れ地感のない緑いっぱいな場所だ。

 王国では人の手がおよんでいない未開の地を、基本的に『荒れ地』と表現する。

 荒れ地には、魔物が出るし、危険な動物も生息している。

 だから、荒れ地と呼ばれている場所にはあまり人は近づかない。

 近づくのは冒険者とか、生物学者とか、ともかくよほどの物好きと言われている。


「東の荒れ地は、東の行き止まり。森を抜けると海になっていて、どこにも出られないのよね。街に戻るには、山脈を踏破しなきゃいけないからとても無理。つまり、自然にできた牢獄みたいな場所だったわね」


 だから私がここに連れられてきたとき、少人数用の飛空艇が使われたのである。

 私は飛空艇の上から、地面に投下された。

 普通に考えて、上空から投げ捨てられた時点で死んでいる。

 けれどせめてと温情がかけられたのか、殺すつもりはなかったのか、私の体には地上に辿り着くまでに空中浮遊の魔法がかけられていた。

 ふわふわとしぼみつつある風船のように地面に降り立った私を見届けると、飛空艇は山を越えて王都へと戻っていった。

 ご丁寧な仕事ぶり、痛み入るわね。


「まぁでも、海もあるし、森もあるし、なんとかなる……きっと」


 森だけだったらどうしようかなと悩んでいたかもしれないけれど、海があるのは僥倖だ。

 海は良い。

 何せ海に泳いでいる大抵のお魚さんたちは、食べることができる。

 あと、川魚よりも臭みがないし食べ応えがある。

 私は森に入った。

 鬱蒼と木々が茂る森は、けれど暗くて怖いという感じはしない。

 森を抜ければ海がある。

 とりあえず、海辺を拠点にしようと思うの。

 森の中よりは開けているだろうし、海から襲ってくるものはほぼいないので、そこまで周囲に警戒しないですむだろうし。


 深い森の奥へ奥へと、私はまっすぐ進んだ。

 木々の隙間から光が差し込んで、きらきらと輝いている。

 長いスカートが小枝に引っかかって良い感じに裂けてきている。


「私一人しか人間がいないとしたら、別に全裸でも良いと言えば良いのよね」


 私よ、野生にかえれ。

 天啓のようにひらめいた言葉を、私は首を振ってうちけした。

 流石に流刑一日目で、人としての尊厳を失うのはまだ早い気がするのよ。


 道なき道を歩いていると、綺麗な川や、小さめの湖、ヒカリゴケやキノコの類、木の実の類なども目にすることができた。


(川の水は、煮沸したら飲めそう。まんまるマッシュルームと、黒シイタケは食べられる。クリームイチゴと、鬼栗も食べられる)


 心の中で食べられるものを確認しながら、私は歩いた。

 まだ採集するのは早いわよね。

 まずは拠点をつくらないと。

 拠点と火。

 私が生き延びるためには、それが一番大切なのよ。


「こんなこともあろうかと、ルーベンス先生のもしもの時のソロキャンプの心得を愛読書にしておいて良かった」


 私は心の中でルーベンス先生に手を合わせた。

 つるりとした禿頭に、筋骨隆々で大抵タンクトップに迷彩柄のズボンを履いて、サバイバルナイフを持っているルーベンス先生が、私の脳裏でサムズアップしている。

 私もそっと、親指を持ち上げた。


「レッツソロキャン! ですね! ルーベンス先生!」


 心の師匠に恥じることないサバイバル術で、生き延びてやるわよ。

 そういえば私のほかに、この土地には誰もいないのよね。

 つまり、ここは私の土地。

 未開の地を開拓する私の土地。


「ここを、新生リコリス帝国と名付けましょう!」


「――新生リコリス帝国?」


 私一人しかいないと思っていた森に、不意に深くて低い、腹の底を震わせるような声が響き渡った。


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