破壊と支配~『心が無くなった世界』外伝~

温故知新

第1話 砂上の国で、男は舵を握った

 やぁ、久しぶり。僕の名前はクロノス。そう、時の神様のクロノスだよ。

 早速だけど、これから話すお話は、君たち人間にとってそう遠くない未来のお話さ。

 世界が『混沌』ってものに包まれていた時間軸で本当に起きたお話。

 少し長くなるかもしれないけど、最後まで聞いてくれるとありがたいかな。

 それじゃあ、早速始めようか。人類滅亡を目前にして起きた『奇跡』ってやつについてのお話を。





「渡邊先生、到着しました」

「そうか」



 この場所もすっかり見慣れたな。


 タブレットに入っていたスケジュールに目を通していた俺は、強力な防弾ガラスが嵌め込まれた窓に映った国会議事堂入口を視界に入れると、人知れず感慨深く思っていた。

 そんな俺に無表情で目的地の到着を告げた男は、機敏な動きでリムジンから出ると、俺の座る後部座席のドアを静かに開けた。



「どうぞ」

「あぁ、いつもすまんな」

「いえ、これも仕事のうちですから」



 全く、相変わらず面白味のないやつだ。


 俺の親父と年が近いであろう運転手兼護衛役の男の淡々とした答えに、軽く鼻を鳴らすとスーツの襟を正して外に出た。

 その瞬間、入口近くで複数人と談笑していた男が目ざとく俺のことを見つけ、下卑た笑みを浮かべながら俺のところに来た。



「おぉ、渡邊先生ではありませんか!」

「大橋先生、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」

「あぁ、もう元気だよ!」



 ちっ、こんな晴れやかな日に最初に会うのが豚とは。


 でっぷりと肥えた腹で脂汗が絶えない男に接待スマイルで答えると、男と談笑していた奴らも媚びを売るような笑みで俺に近づいてきた。



「渡邊先生、本日はおめでとうございます」

「ありがとうございます。霜月先生」

「いやはや、渡邊先生のご活躍があってこの国は成り立っていますから」

「いえいえ、蒲谷先生のお力添えがなければ今の私はいませんから」

「いや~、渡邊先生のような国会議員がこの国の首相になれば、この国の安泰は約束されたようなものですな!」

「そんなことはありませんよ、大林先生。若輩者の私がこのような立場に立てたのは、偏に尊敬すべき先生方のお力あってでございます」

「まぁまぁ、渡邊先生。ご謙遜が過ぎると他の者達に示しがつきませんよ」

「謙遜なのではございませんよ、町田先生。本音でございます」

「あらあら~」



 ふん、どうせ俺のことなんて目の上のたん瘤程度にしか思っていないのだろ。まぁ、そんなやつらに褒められても全く嬉しくないが。


 ハエのようにたかる害虫……ではなく、議員達に愛想笑いを振り撒きつつ、俺は行き慣れた国会議事堂の中へと入っていった。

 すると、銀縁眼鏡のスーツ姿の男が人混みを掻き分けて俺の横に来た。



「渡邊先生、本日のスケジュールですが……」

「あぁ、ここに来るまでに目を通しておいた。それよりも、今日の準備は出来ているんだろうな」

「はい、昨夜のうちに全て済ませております」

「なら、構わない」

「渡邊先生、是非とも私を官房長官に……」



 有能秘書と今日のスケジュールについて小声で簡単に確認していると、空気が読めない害虫が頭のおかしいことをほざいた。


 はっ? お前みたいな無能をそんな役職に就けるわけがないだろうが。


 秘書がそそくさと下がったタイミングで、空気を読めないことを言ったやつに視線を向けた瞬間、俺の周りにいた他の害虫どもがわめき始めた。



「あぁ、ズルいぞ貴様! 渡邊先生、こんな恥知らずなやつではく、是非とも私を官房長官に……」

「あなたこそ、何をバカなことをおしゃっているの? この前の予算委員会でもろくなことを言わなかったくせに!」

「そういう貴様こそ、俺に対して身に覚えのない罪をかぶせて俺を国会議員から引きずり下ろそうとしたじゃねぇか!」



 幼稚な言い争いをする馬鹿どもに、俺は思わず小さく溜息をついた。


 はぁ、うるさい。うるさすぎる。前総理がこの国に愚法が施行してから、元から低かったこの国の国会議員の質がさらに低くなってしまった。

 本当、今日までよくこの国が持ったな。こんなやつらが国を動かしていたなんて国民が知れば……って、知ったから俺がこの国の首相になったのか。



「すみません、皆さん。今日のことで秘書と本格的に打ち合わせがしたいので、ここで失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、もう渡邊先生の控室ですか。分かりました。それでは、失礼致します」

「渡邊先生、是非とも私を官房長官に……」



 うるさい害虫どもに接待スマイルで深々と頭を下げた俺は、さっさと自分の控室の部屋に入った。



「はぁ、ようやくうるさい奴らから離れることが出来た」



 部屋に入った直後、大きく溜息をついた俺は、部屋の真ん中にある自席につくと、あらかじめ秘書が用意してくれた所信表明演説の挨拶に目を通した。



 そう、俺【渡邊 翔太・30歳・独身】はこの日、史上最年少の内閣総理大臣として、この腐れ切った国の舵取り役を担うことになる。

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