ファスト消費のための原作小説、そのスロー

霜路

小説のファスト化とその反動

 ファスト/スローの対比は、元は食文化の場にて使われだした。ファストフードとは「すぐに用意される」「すぐに食べられる」という意味合いだ。ハンバーガーやフライドポテトといった代表的なファストフード――要するにマクドナルドの隆盛に相対して、従来然とした食をカウンターパートたるスローフードと定義し、その価値を再検討するムーブメントが、たしかにあった。


 近頃取り沙汰される「ファスト消費」がファストフードになぞらえた言葉なのは明白だ。

 映画の倍速視聴やネタバレ予習の是非について議論したことのない人はいまい。邦キチの最近のエピソードで取り挙げられたことで、にわかに接する機会が増えた――邦キチそれ自体のあり方がファスト消費なのではないかという自己言及も。


 僕自身はというと、映画を倍速で見た経験はない。単に見ない。二時間もじっと座って映画を鑑賞するのは苦しい。まったくの外野から、興奮に満ちたレビューや、熱心に考察を交わすタイムラインを眺めて、それだけで満足している。

 これも一種のファスト消費にちがいない。けしていい姿勢とはいえないから、身につまされる話として受け止めている。


 ファスト消費の需要を浮き彫りにしたのは悪名高きファスト映画だった。名作の圧縮再編集版を違法アップロードする手口は当然社会問題となり、摘発の相次ぐ運びになったのは記憶に新しい。

 示唆的ではないか?

 ファストでないコンテンツが、ファスト消費のために


 もうひとつ示唆的な話がある。

 ライトノベル市場は縮小傾向にある。にも関わらずメディアミックスも含めた市場は成長し、原作者の収入は原作小説よりもむしろコミカライズの印税が多いことさえあるという。


 最近までコミカライズやアニメ化は一種のトロフィーだと考えていた。まず原作がある、その好評を讃えて。僕のこの想像は誤りだった。ライトノベルはメディアミックスなしには成立しない。メディアミックスへの原作供給という言いなしが事実になりつつある。


 これを最近の事情とみていいのか僕にはわからない。かつて原作通りの翻案を是とする風潮があった。その本質はメディアミックス後の媒体へ似せたつくりにあったのではないか?

 従前僕らが他媒体への展開と呼んでいたものは、その正体は、消費にかなうつくりへの再構築ではなかったか?

 その実ファスト化の大いなる流れというものが存在していたのではなかろうか?


 なろう系Web小説はファスト化の極北にみえる。

 ラノベ系長文タイトルとなろう系シチュエーションタイトルは同質ではない。前者は奇異で目を引く道具に過ぎなかった。後者はタイトルだけで。ファスト消費に必要な要素以外を生きたまま削ぎ落としたカートリッジだったのだ。

  Web小説の拾い上げも先鋭化して書籍化を経ずにコミカライズされると聞く。プロットコンテストといえばいっそ清々しい。シナリオとキャラクターを提案するだけなら小説の体もいらない。

 ファスト消費への迎合は、少なくとも小説という媒体においては臨界点を迎えた。


 しからばファストフードに反発するスローフードの興りのように、ファスト消費のカウンターパートが検討されるターンが来る、というのも自然な想像だろう。


 スローなコンテンツが市場原理に受理されるかはさておき、。つまりメディアミックスの段階でファスト消費にかなう売り物に再構築してしまえるなら、原作までそうある必要はない。

 現に今は売り物ではないプロットを募集している。Web小説は無料で公開されている。


 Web小説を読者に読ませることの困難は周知のごとく。なろう系の変遷はその実プラットフォームへの最適化の歴史にほかならない。小説家になろうのメインストリームが異世界恋愛短編になった経緯をご存知だろうか。作者でも読者でもなくWebページのレイアウトが変化したから流行った。


 拾い上げの視座に立つと、読者に読まれているかどうかは指標にできない。それはプラットフォームが読者に届けている作品の傾向だったから。

 いよいよ。全部に目は通せないから、コンテストや公募という形でスコープを絞る。見覚えがあるだろう。今日のWeb小説プラットフォームがやっている施策そのものだ。


 既存の小説大賞に「カクヨムから投稿する」オプションを増やしてみせたのは決定的だったと思う。

 従前ライトノベルの大賞では、良いものは続刊するから、大賞を取った一冊はシリーズの先頭に埋没する。シリーズすなわち世界観やキャラクターにフォロワーがついて、一冊目の書き方にはつかない。

 公開作品から選考を行うようになると、刊行される数よりずっと多くの屍が目に見える形で並べられる。受賞を目指す試行錯誤ハックが共有されてフォロワーが生まれるはずだ。。ファスト消費と異なる原理で小説が書かれる。


 Web小説という媒体でこそ、文章ならではの良さ、文章の良さを追求するムーブメントの生じる余地があると考える。


 文章上手くなりてぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

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ファスト消費のための原作小説、そのスロー 霜路 @froststeps

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