泥だらけのユニフォーム

岸亜里沙

泥だらけのユニフォーム

甲子園夏の決勝戦。

常松学院じょうしょうがくいんの2年生、はやし悠毅ゆうきは鼓動が速くなった。

9回裏、1対2、2死ツーアウトランナーは無し。カウントはワンボールツーストライク。あと一球のストライクで、試合終了ゲームセットになってしまう。

林は、試合に勝ちたいという気持ちよりも、最後の打者バッターになりたくないという気持ちの方が強かった。


「次の3年生に回さないと」


2年生である自分が最後の打者バッターになる事は、心苦しかった。この試合で引退する3年生に最後の打席バッターボックスに立ってもらいたい。自分がなんとか出塁しなければと、林はずっと考えていた。


林は一度タイムを取り打席バッターボックスを外す。

そしてユニフォームの袖で汗を拭い、ネクストバッターズサークルで準備をする3年生の方に目を向ける。


『先輩、自分なんとか出塁するんで、お願いします』


『俺の事なんか気にするな。悠毅らしい破天荒な野球をしろ』


『でも、もう絶体絶命で・・・』


『何かをやり遂げるのに、遅いも早いもない。自分らしさを、最後まで失うな』


『自分らしさ・・・』


視線が合ったほんの数秒間、二人は心の中で会話をしていた。

そして林はふっ切れた。


「自分の持ち味である野球をしよう。今この瞬間を、自分も楽しもう」


林は打席バッターボックスに戻り、相手投手と対峙する。


「さあ、来い」


投手がゆっくりと投球動作モーションに入る。そしてボールが投げられる瞬間、林は誰もが驚く行動に出た。


徐にバットを横に寝かせ、内角低めの変化球を、絶妙なバントで三塁線へと転がしたのだ。

失敗すれば、即試合終了ゲームセットの場面で、林が選択したのは意表を突いたセーフティーバント。


この誰も予想しなかった林の選択に、仲間も観客も驚き、そして何より相手チームが一番驚いた。

やや後方で守っていた三塁手は慌てて前進し、素手でボールを捕球して一塁へと送球した。

決して足が速くなかった林だが、全力で走り一塁へ思い切りヘッドスライディングして、顔を上げる。


「どっちだ?」



そして、一塁塁審の手が大きく横に開く。


「セーフ!」


泥だらけのユニフォームこそが勲章だと、監督に教わってきた常松学院の部員たち。

ユニフォームをはたく事もせず、林は笑顔で手を叩き、一塁上で大きく拳を突き上げた。

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泥だらけのユニフォーム 岸亜里沙 @kishiarisa

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