第3話 真剣な表情
そして学院初日、ファノンとセリスが騎士科のクラスへと行くと、遠巻きに視線を集めることになっていた。
(原因はあれだろうな)
クラスにはもう一人の聖女候補であるエルザ・ホルステンがいて、その周囲には女性が集まっていた。
少し薄い茶色の髪はサイドの一部が編み込まれ、後ろで綺麗にお団子にまとめられている。
お団子からは毛先がデザインされたように出ていて、手が込んでいるのがわかった。
セリスの身長は一五〇前半で小柄だが、エルザは一七〇近くありそうでファノンより少し低いくらいだ。
セリスと同じ聖女候補ではあるが、セリスの方は二度ガイアの魔力を受けている。
そしてエルザの家は生粋の侯爵家であり、ハーヴェスト家はぽっと出の貴族。
貴族が多い魔法聖騎士学院では、どうしたって貴族社会の側面が強くなる。
とはいえハーヴェスト家も伯爵の爵位であり、決して低いものではない。
そして元は商人だったこともあり、ハーヴェスト領は運営という面で確かな成果を上げている。
それもあって学生たちの立ち位置が固まらないような、微妙な空気となっていた。
「――――」
ファノンがセリスと前の席に座っていると、そんな空気を一変させる学生が入ってきた。
まだセリスや他の女子には幼さが感じられるが、その学生は女の子と言うには
黒髪はリボンでポニーテールになっていて、腰のあたりで毛先が揺れている。
身体のラインはセリスより少し大きい感じで、成長すればセリスも同じくらい女性らしくなりそうな印象をファノンは受けた。
きっとどの学生も似たような印象を持ったのだろうが、ファノンは他の学生からは感じないものをその女性に感じていた。
(実戦経験者だろうな)
一瞬ファノンは目が合ったが、その女性は人間関係など興味がないかのように一人席についた。
そんな若干居心地が悪いような朝であったが、ファノンはそれよりも苦痛を味わうことになった。
「なんでこんなことしなきゃいけないんだよ。まさかこんなことを学院生活でずっとやらされるわけじゃないよな」
今さっきまで通常の腕立て伏せを一〇〇回させられ、今は魔力で身体強化をした状態でさせられていた。
まるでなにかの
先に身体強化での腕立て伏せならもう少し楽だったのだろうが、通常の腕立て伏せが先だったのもあって疲労は残る。
「げっ――――あいつ――もう次かよ」
腕立て伏せを終えたさっきのポニーテールの女性、セリナが走り込みに移っていた。
なんでもないかのように涼しい顔でトップを走っている。
「無駄口を叩く余裕があるなら、一回でも多くした方がいいんじゃないですか?」
「俺は――魔法が主体――――なんだよ。俺は魔導士科がよかったのに」
「私が魔法騎士科なんですからしょうがないですね」
そういうとセリスも三番手で走り込みに移る。もう一人の聖女であるエルザは、一瞬セリスに視線を向けて四番手で走り込みに移っていった。
それから少しして、次々に他の学生も移っていく。
「――――――」
ファノンも立ち上がって移るが、もう腕立て伏せをしている学生はほとんどいなかった。
そして走り始めて少し、声をかけられる。
「聖女と一緒にいたように見えたが、お前は何者だ?」
「何者なんて言われても、名前くらいしか言えないんだが?」
「――なら訊き方を変えよう。聖女と一緒にいたのか?」
「一応護衛って役割があるからな」
「…………」
走り込みなんてなんでもないかのように、今も涼しい顔でセリナが声をかけてきた。
「先日の襲撃で殺られたらしいと耳にしたが?」
「ああ、その日にたまたまナンパされて」
「なるほど。通りで学生らしくないわけだな」
「よく言う。そっちだって似たようなものだろ?」
「――どうであろうな」
ハッキリとした明言はせずに、セリナは走るのをやめていた。どうやらノルマを終えたらしい。
「セリナさんと話していたんですか?」
セリナと話していたファノンを見ていたのか、セリスが寄ってきて訊ねた。
「ああ。ナンパされた」
なんでもないようにファノンが答えると、セリスは疑わしい目を向けてくる。
「なんか信じがたいのですが?」
「なんでだよ? 俺ならナンパされてもおかしくはないだろ?」
「ブサイクということはありませんが、どこからそんな自信が出てくるんですか?」
「そりゃ顔以外にないだろ?」
「……バカなこと言っていないで、ビリにならないようにしっかり走ってください」
午前は身体的な部分の測定が行われ、午後は魔力に関するものであった。
そのなかでも注目されている測定がある。
その測定に、聖都セイサクリッド騎士団の団長たちが訪れていた。
国の
第四騎士団の団長、レイア・メディアス。
第六騎士団の団長、ビザイスト・カール。
第七騎士団の団長、カイル・ウォーカー。
騎士団は第八まであるが、そのうちの半分の団長が足を運んできている。
気紛れでこういうことも過去にはあったのだろうが、今回は明らかに意図したものだろう。
各団長の視線は、聖女候補である二人に注がれていたのだから。
注目されている測定方法は、一定の魔力で強化された岩に対して魔法を放つというもの。
だがその方法は決まっていて、並列で可能な限り魔法を放つ。
発現できる範囲は、術者から五メートル四方だ。
範囲が決まっているということは、可能な限り発現させる魔法をコンパクトにする必要がある。
だがしっかり発現できていなければ威力はなく、そんな魔法に意味などない。
順に学生が挑むが、かなり集中して平均一〇前後というところだ。
それぞれ得意な属性の魔法で三〇くらいのファイアなどを発現するものもいたが、発現の方に意識を取られて威力がまったく足りない学生などもいた。
ここまででファノンが見た限り、平均を大きく上回る学生が四人いる。
二人の聖女候補もそうだが、もう一人男子学生がかなり好成績を記録していた。
そしてセリナ・アーフェ。彼女はさらに頭一つ抜けている。
そのセリナが魔法発現エリアに足を進める。一〇〇メートル先には一〇メートル四方の岩。
どの学生も騎士団長がいるせいか緊張していたが、彼女にそれはない。
一度セリナは騎士団長たちへと視線を流すと、右手を
フレイムランスと呼ばれるこの炎槍は、ただ炎を発現するファイアより難易度が高い中級魔法だ。
槍の形状を与えることで貫通力を付与しているため、ファイアと違って内側にも威力を伝えることができる。
その代わり魔力コントロールがファイアよりも必要であり、それを複数でサイズまでコントロールするとなると難易度は桁違いになる。
「すげぇな。五〇くらいはあるんじゃないか?」
「はい。私ももっと頑張らないといけないですね」
(まだ余裕ありそうな感じもするけどな……)
セリナが発現したフレイムランスはすべて岩を砕き、セリナが下がったときには岩がボロボロになっていた。
その後セリスは三〇くらいの
(…………)
無言のプレッシャーがファノンに向けられる。セリスの瞳が期待を向けてきていた。
そんな期待を受けて、ファノンは魔法発現エリアへと進む。
一度深呼吸をし、両手をバァッと大きく広げて魔力を練る。
真っ直ぐに正面にある岩を見据え、最上位魔法を行使するような雰囲気がその場を支配した。
その空気感は団長たちすら視線を奪われるほどのなか、ファノンが魔法名を告げる。
「ウォーター」
その数は左右に一〇ずつで、大半の学生たちの数を上回っていた。
ファノンの視線は真っ直ぐに標的である岩を見据えており、その場の空気がピリピリとした緊張を持っている。
ファノンが発現した魔法は二〇ではあるが、数が多ければいいということではない。
ファノンが発現した魔法の大きさは、キッチリ範囲内に収まるギリギリのサイズで発現されている。
サイズは威力にも関係するため、下手に五〇など発現するよりもいいということもあるのだ。
「――――」
そんなファノンの魔法は、一〇が不発であった。
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