》聖女と最強の護衛が世界を改変する《聖女を助けたら護衛することになり、学院で実力隠してたら不満に感じていたようだが、実は思っている以上に隠している
粋(スイ)
前編
第1話 聖女
それは地獄と形容するに足る光景であった。町が寝静まっていた夜間ということもあって、その
「カイル団長!」
団長と呼ばれた騎士を上空から見下ろす者がいた。
深い夜空を思わせるようなカクテルドレスをまとい、顔はヴェールで判別できない。
長い銀色の髪をレースであしらわれたリボンで一つに束ねている。
それに対し、見上げている団長と呼ばれた騎士。
歳は30過ぎというところで、瞳の色が紫ということから魔族だということがわかる。
魔族の特徴はこの瞳の色と魔力が強いということくらいで、他に特徴らしき特徴はない。
だがカイルが魔族ということと、団長という立場から実力者だということは誰から見ても明らかだ。
「魔法の発現スピードがヤバいな――――あんなヤツを捕らえるなんて無理だろうな。これだけのことをしているんだ。死んでも恨んでくれるなよ」
カイルが上空に向かって剣を下段に構えた。
彼女によって破壊された建物からは火の手が上がっており、周囲をオレンジ色に染めている。
それを見下ろす彼女は、ヴェールで顔は見えないがなにかを感じているようにも見えない。
カイルはそれがさらに感に触るようで、
「これで死んでいった者たちに
下段に構えられたカイルの剣から炎が吹き出す。
「
カイルが斬り上げた剣から炎が放たれると、それは激しい
それは今ある惨状をも飲み込めるほどの炎で、ドラゴンのブレスだと言われても驚くことはないだろう。
相対する二人の視界は
「リヴァイアサン」
女が空いている左手を
だがそれが魔法に類するものであることはすぐにわかる。
海蛇とも、水竜とも形容できそうな姿が発現し、
「――――っ、ここまでかよ」
カイルがさらにもう一振り
周囲から立ち上る黒い煙と水蒸気のなか、女は変わりなくカイルたちを見下ろしていた。その視線は彼女のヴェール越しにも感じられ、圧倒的な威圧感を放っている。
「……嘘だろ。団長の
だが扱える者自体少ない難易度の高い技であり、その威力は桁違いである。
それだけに、目の前にいる襲撃者の実力がわかることでもあった。
「なにも知らぬ者がよく言いました。死にたくなかったら動かぬがいい」
物静かな声で言った女が、
「
カイルたちの視線が、襲撃者である女を無視して背後の上空に向けられた。
巨大な灰色の槍とも、杭とも見れるようなものが三つ現れ、次第にその姿形がはっきりと具現化されていく。
「――――こんな魔法、見たことないぞ」
「グラ・シーザー」
突き刺さった魔法は完膚なきまでに建物と設備を破壊する。
その圧倒的な光景からカイルたちが視線を戻すと、すでにそこから女の姿は消えていた。
気温が暖かくなり始めた時期の午後、カフェでファノンが軽食を取っていると話し声が聴こえてきた。
「
「あぁ。今の団長クラスはカイルさんもだが、七人ヴァルキュリア戦術ができる化け物だからな」
ファノンの隣で休憩しているのだろう騎士の二人から、先日あった
二人が言っているヴァルキュリア戦術は、魔法を攻撃や防御ではなく身体強化のサポートとして使うことで超速戦闘を可能にする戦術だ。
だがその魔法コントロールは難しい。なにしろ炎属性で言うなら、炎を身にまとうようなもの。
普通なら術者が姿焼きになってしまうような戦術で、現在神聖王国セイサクリッドでは八団長中の七人が使い手である。
だがこのヴァルキュリアと呼ばれる戦術はオリジナルを参考にした
「使っていた魔法も系統すらわからなかったらしいしな」
そんな化け物と言われるような団長を相手に、襲撃者は未知の魔法で退けてしまう。
服装から女性だと推測されることから、世間では魔女と呼ばれるようになっていた。
ファノンが軽食を取り終えて外へ出ると、一人の女の子を二人でガードしながら小走りする光景が目に入った。
護衛していた男が後ろを気にしながら女の子を脇道へ誘導していたことから、追われている可能性がファノンに浮かぶ。
ファノンは同じように脇道に入ると、魔力で身体強化をして建物を足場にしながら屋根の上に飛び上がる。
同時にさっきの護衛たちが来た方向が騒がしくなった。
(――まさか他にも護衛がいて、昼間っから
昼間からここまで動いてしまうなど、襲撃者側も頭がイカれている。
だが逆に言えば、それくらいの事態でもあるということだった。
ファノンが視線を走らせると、襲撃者と思われる四人が二人一組で脇道に入っていく。
さっき護衛していたうちの一人が足止め役になったのだろうが、一人を道連れにしてすぐ倒れた。
(これじゃどっちかはターゲットに到達するな)
ファノンは屋根を移って様子を見るが、女の子の方は徐々に表通りからは外れる方へ追い詰められていく。
「っ――――私が二人を抑えるので、その隙きにセリス嬢は逃げてください」
ペアで残っている襲撃者の視界に入ってしまったため、残り一人の護衛が足止めに動いた。
(あのまま一緒にいるより可能性はいいだろうが、これに賭けたってことか)
この状況であれば悪くない選択ではある。人数差を考えればもう一人いた護衛が戻ってくるよりも、相手が増える可能性の方が高い。
そして時間が経つほどその可能性は上がるため、たとえ護衛対象を一人にしてしまうとしてもすぐに逃がした方がまだ可能性はあると思われた。
「――――!」
「静かにしろ。俺は敵じゃない」
居場所を察知されるようなことを防ぐため、ファノンは気づかれないように一人離れたセリスに近づいて口元を抑えて声をかけた。
セリスは剣を
だが背後から抱いているファノンには微かな震えが伝わってくる。
「いいか? 静かに移動するぞ?」
ファノンが念を押すと、セリスは口元を塞がれているのもありコクコクと
すぐに何度か脇道を曲がると、そこでファノンは止まった。
「あの――」
「静かにしてろ」
状況はまだなにも変わってなく、ファノンが現れたことでなおさらセリスは動揺しているように見えた。
セリスの腰まである金色の髪は状況が状況なだけに乱れていて、金色の瞳は動揺か、それとも不安からか揺れている。
だがそれも普通のこと。襲撃など
剣を
まだ経験もほとんどないだろうことを考えれば、こうして素早く移動できただけでもいい方であった。
一瞬セリスに目をやったファノンは目を閉じると、魔力を練り始める。
ファノンが魔法を展開しようとしているのは明白であったが、展開された魔法にセリスは目を大きくすることになった。
「――青の世界」
ファノンが得意とする水魔法のなかで、最上位に位置する魔法。オリジナルである氷魔法の銀世界と同じで魔力も感知できる魔法だ。
大気にある水分を術者の領域とし、異物である他者の魔力を感知することができる。
「上から一人……下は二手に分かれて詰めて来てるな。すぐ戻るから動くなよ」
心細いのか不安そうな表情をセリスは見せるが、時間が惜しいファノンはそれを無視して屋根へと上がる。
(殺るしかないな)
命を狙われている場合、下手に逃がすよりも方を付けてしまう方がいいことが多い。
大抵こういうことでは裏金が動いていて、逃がせばまた狙われる可能性が高いからだ。
なにより護衛を
「キィワスギア」
ファノンの隣を駆け抜けた襲撃者が、すれ違ったタイミングで顔を引きつらせた。
建物の死角にいたファノンから、細長い蛇のような激流が襲撃者の胸部に迫る。
完全に不意を突いた水魔法に、襲撃者ができることはない。
細く貫通力が高い激流は襲撃者の胸部に風穴を空け、ファノンは確認することもなくセリスの下に戻った。
「少し移動するぞ」
「は、はい」
さっきと位置はそう変わらない。だが青の世界を展開しているファノンには、相手の位置が捕捉できている。
これを無効化するには、同じ青の世界か銀世界を展開して相手の領域を弾いてしまえばいい。
いわば効果範囲の陣取り合戦のようなもの。
だが青の世界はそうそう使い手がいる魔法ではないため、セリスにもファノンには相手が視えていることがわかっていた。
「その女を渡せ。渡せばお前のことは見逃してやる」
襲撃者の言葉に、セリスが不安そうな顔をファノンに向ける。
金色の髪が白い
「屋上で一人殺ったが、見逃してくれるのか?」
目を大きくしてセリスがファノンを見上げてきて、片足が一歩後ずさる。
そんなセリスの腕をファノンは掴んで離れないようにした。
「上で殺られてる」
「ッチ」
確認に上がった一人が戻ってきて、それを聞いたもう一人が舌打ちしていた。
「ついでにこの女も連れて行っていいか?」
「~~いいわけねぇだろっ!」
「一人見逃すのも二人見逃すのも同じようなもんだろ? 広い心で助け合おうぜ?」
襲撃者のターゲットまで見逃すことが同じなわけない。
それを助け合いなんて口にして、ふざけているように見えるのだろう。
セリスが信じられないような目でファノンを見ていた。
「はぁ~、こんなに俺は助け合いの精神を持っているのに悲しいんだが」
わざとらしく落胆したような表情をしたファノンだったが、相手のもう一人が動いた瞬間に視線がそれを追っていた。
すぐに相手に反応してファノンの青い髪が揺れる。
「ロック!」
位置を移動した襲撃者が土魔法の
その魔法に対し、ファノンが応戦しようとした瞬間セリスが動いていた。
「インパクト!」
複数発現した
もう一人の襲撃者が斬り込んでくるが、ファノンも剣を抜いてそれを受けた。
「ウォーター」
それは一瞬。標準よりもかなり小さい水弾が数十という数で発現し、魔法を撃ってきた襲撃者を全方位から打ちのめしていた。
脇道というのもあり、全方位を囲むために小さな水弾にしたのだろう。
大きさは魔力の量も関係するため、そこまで魔力の消費は大きくない。
だが数が増えるということは、それだけ並行して魔力をコントロールしなければならない。
それを近接戦闘で迎え撃っているファノンがやったということに、セリスと襲撃者の顔色が変わっていた。
「クソッ――」
斬り込んできていた襲撃者が反転して撤退する。ファノンの実力から見て一人では分が悪いと思ったのだろう。
「あ、ありがとうございます。助けていただいて……」
「なんで狙われていたのか、心当たりはあるのか?」
「わかりません……可能性があるのは、私が聖女候補になっているからでしょうか」
セリスの言葉で、今度はファノンが目を大きくしていた。
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