episode2.5 メガネ少女の素顔

「うーーーん、ふあ」

 作業が一段落ついたところで大きく伸びをする。鞄からメガネ拭きを取り出し、丸メガネをゴシゴシと拭く。照明の光を当て、キレイになったか確かめる。うん、ピカピカだ。この一連の流れを興味深そうに眺めていたしーちゃんが不思議そうに疑問を呈する。

「ねえ、書記ちゃんって、なんでコンタクトにしないの?」

 なんで、と言われても困る。人間、行動を起こした理由は説明できるが、行動を起こさなかった理由はうまく説明できないものだ。私が返答しあぐねていると、ヒデくんがしーちゃんに同調する。

「そうだよな。書記ちゃん、メガネ外したら絶対かわいいのに」

「か、かわ……」

 私の身の程に合わない言葉が飛び込んできて、思わず狼狽える。「かわいい」なんて言われたのは数年ぶりだ。言葉が出ない私にしーちゃんが追い打ちをかける。

「うんうん。書記ちゃん、顔が小さくて目がくりっとしてるから、メガネ外したらきっと美少女になるわ」

 「かわいい」と来たら、次は「美少女」と来る。私はぶんぶん首を振った。褒められるのは嬉しいが、褒められすぎは心臓に悪い。

「二人ともからかわないでよ。自分が美男美女だからって人を安易に褒めて、たちが悪いよ」

 私が「ふん」と怒ってみせると、二人は幼い子どもを見るような目をして笑った。やっぱり、からかわれている気がする。

「それより、二人もたまにはメガネをかけてみたら? けっこう似合うと思うんだけど」

 頭脳明晰な二人だ。知的さがさらに増して素敵になるに違いない。私が期待の眼差しを向けると、しーちゃんが鞄からメガネケースを取り出す。

「私は授業中にたまにかけるのよ」

 そう言って黒縁メガネをかける。やはり清楚な美人にメガネは似合う。女ながらに惚れてしまいそうだ。ヒデくんも思わず「おお」という声が漏れている。

「俺も持ってるには持ってるんだが、ほとんどかけないな。正直、無くてもけっこう見えるし」

 そうは言いながらも銀縁の細いメガネをかけてみせる。なんだか秘密組織の若き総司令のような雰囲気だ。ヒデくんのクールな表情に思わずドキリとしてしまう。

「二人ともやっぱり似合うなぁ。私がかけると地味になるのに、二人がかけると華やかになるのはどういう理屈なんだろう?」

 私がそう呟くと、二人は照れくさそうにしてメガネのブリッジを触った。その動作があまりに息ぴったりだったので、三人で顔を見合わせ思わず笑ってしまったのだった。


 なんだかんだで、三人ともメガネをかけたまま仕事を進める。少し生徒会室の雰囲気が引き締まったような気がする。特に私以外の二人の「仕事できます」感がすごい。対して私はただの事務員さんのよう。この差は一体何なのだろうと不思議に思う。

「意外と目が疲れなくていいわね。パソコン仕事のときはかけるようにしようかしら」

 しーちゃんはメガネの魅力に気づいてしまったようだ。この学校にメガネ・オブ・ザ・イヤーがあったら、きっと今年度の優勝は間違いなくしーちゃんだろう。

「俺は逆に見えすぎて疲れるよ。やっぱり、不慣れなことはするもんじゃないな」

 そう言ってヒデくんはメガネを外す。生徒会室の緊張感が少し解けたような感じがして、ほっと肩を撫で下ろす。やっぱりヒデくんは裸眼が一番だ。

 さて、仕事が一段落ついたし、恒例のティータイムといこう。

 お湯をグツグツと沸かしている間に、棚から豆を取り出す。今回は酸味の強いキリマンジャロ。スプーンで豆をすくって三杯ミルに投入。ゴリゴリ。挽いた粉をドリッパーに入れて、ケトルのお湯で少し粉を蒸らす。心の中でゆっくりと二十秒を数え、そっとお湯を注いだ。書記ちゃん特製、キリマンジャロコーヒーの出来上がり。

「待ってました!」

「いつもありがとね」

 二人は嬉しそうにコーヒーを飲む。私も席に座って飲もうとするが、思ったより熱そうだ。湯気でメガネのグラスが曇ってしまう。私はメガネをとり、何度もふーふーとした後、慎重に一口すする。うん、酸味が強いのも悪くないな。そう思っていると、ヒデくんとしーちゃんがじーっと私のほうを見てくる。どうしたのだろう?

「やっぱり、かわいいわね」

「うん、かわいい」

 思わずマグカップを落としそうになる。容姿については褒められ慣れていない私なのだ。「身の程を知るべし」。「真に受けじゃだめだ」と思いながらも、胸の内では嬉しいと思ってしまっている自分もいる。私は真っ赤になった顔をマグカップで隠すようにして、もう一口飲む。キレのある酸味が舌をつく。

「たまにはこんなのも悪くないかな」

 私たち三人は普段とは一味違う放課後を密かに満喫したのだった。



 





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