episode1.5 優等生たちのティータイム

「おつかれさまでーす……」

 異常なほどテンションの低い挨拶。ヒデくんとしーちゃんは目を丸くして私を見る。

「どうした、書記ちゃん? 元気ないね」

 私はため息をついて原因を告白する。

「だって今日、身体測定の日だったでしょ?」

 しーちゃんはそっと私の側に寄ってコソコソと耳打ちした。

「もしかして、太っちゃった?」

 私は首を横に振る。元々脂肪のつきにくい体質なので体重はあまり気にしていない。問題は身長だ。

「今度こそは、150cmあると思ったのに……」

 身長165cmのしーちゃんは苦笑いする。男子にしては小柄なほうのヒデくんは共感を覚えて思わず頷いた。

「身長が低いってのは辛いよな。スポーツでは不利だし、ファッションに制約ができるし、人からは舐められやすいし、いいことなしだよ」

 そうなのだ。この前なんて、近所のおばさんに小学生と間違えられて、どれだけ恥ずかしかったか。

「でも、身長低くて一番辛いのは背の順で並ばされるときだよ。あんなの、公開処刑じゃない」

 背の順。学校教育による最も忌まわしき習慣の一つだ。教師たちは背の順で一番前に立たされた人の気持ちを考えたことがあるのか。私は背の順によって、社会にはびこる「格差」の存在を幼くして知ったのだ。「身の程を知るべし」。私は身長が低いし、役職はただの書記。下っ端も下っ端なのだ。

 ブルーになる私たちをなだめるように、高身長ガールのしーちゃんが優しい哲学を説く。

「身長なんて、そんなに気にすることないわ。大事なのは中身。今はみんな若いから、容姿みたいな表面的なものに惹かれちゃうけど、人間成熟すれば一緒にいて居心地のいい人を好みようになるわ」

 しーちゃんを見て、まるで聖母のようだと思った。後光が差して見えるのは、きっと目の錯覚なんかじゃない。なんだかひざまついて拝みたくなってきた。ところが神々しい光は一瞬にしてブラックホールに吸い込まれてしまう。

「そういえば、しーちゃんの彼氏は背高いよな」

 ヒデくんの余計な一言にしーちゃんは目をそらす。私たちは思わず「あっ」という声を出した。何かを察してしまった私たちに、しーちゃんは珍しくいじけたような顔をして言い訳をする。

「だって、一目惚れはどうしようもないじゃない」

 どうしようもない。その通りだ。身長が低いのも、身長が高い人に惚れてしまうのも、どうしようもない。私たちは残酷な真実の前にただ項垂れるしかなかった。


 心に傷を負いながらキーボードを叩いていると、ヒデくんが「ふわあ」とあくびをした。

「珍しいね。ヒデくんがあくびなんて。寝不足?」

 私が訊ねると、ヒデくんが目を掻きながら肯く。

「ああ。最近、塾が忙しくって」

 ヒデくんの家はいわゆる医者の家系で、本人も医者を志望している。成績優秀とはいえ、受験勉強に手が抜けないのだろう。

「頑張るのは偉いけど、勉強のしすぎで体を壊さないようにね」

 私の忠告に、ヒデくんは照れくさそうに「気をつけます」と呟いた。

 すると今度は「ぎゅるる」という音が生徒会室に響く。音の発生源を探していると、しーちゃんが顔を真っ赤にしていた。私は「ふふ」と笑って、しーちゃんに注意をする。

「しーちゃん、体重が気になるのも分かるけど、ダイエットはほどほどにね」

 しーちゃんは小さくなりながら「気をつけます」と呟いた

 私は席を立ち、棚からコーヒー豆とクッキーを取り出す。せっかくだ。今日はみんなカフェオレにしちゃおう。

 ケトルに水を入れてお湯を沸かす。豆はコロンビアにしようかな。スプーンで豆をすくって三杯ミルにIN。挽いた粉をドリッパーに入れて、ケトルのお湯で少し粉を蒸らす。……十八、十九、二十。今度は丁寧にお湯を注ぎ円を描いた。最後にミルクを入れて、砂糖も少々。書記ちゃん特製、カフェオレの完成だ。アーモンドクッキーを添えて二人に差し入れする。

「ありがとう。お蔭で目が覚めるよ」

「助かるわ。これで夕食まで保ちそう」

 カフェオレを飲むヒデくんとクッキーを食むしーちゃんを見て思った。世の中には持つ者と持たざる者がいる。だけど、持つ者だって、見えないところで苦労しているのだ。私は身長が低いし、成績もそこそこ。持たざる者らしく、退屈な毎日を送っている。だけど、と思ってカフェオレを一口飲む。私の甘い一日は、意外とおいしい一日なんじゃないだろうか? そう、カフェオレとクッキーのように。「身の程を知るべし」。私はアーモンドクッキーをカリッと砕いて食べる。

「うん、おいしい」

 私たち三人は、放課後のささやかなティータイムを噛み締めながら愉しんだのだった。







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