第2話:子故に迷う親心
ジルは今年8歳、王宮でも習っているがデーティアからも魔法を習うことになっていた。
6歳のアンジーとフラニーは刺繍をはじめ針仕事と簡単な料理を教える。
朝食の後、全員で細々とした家事を片付けると、アンジーとフラニーに1時間ほど刺繍や縫物を教える。ジルはそばで白猫のジルを膝に乗せて、刺繍や縫物をしている3人のために、読み間違えをデーティアに直されながら声を出して本を読む。
その後、3人それぞれの進み具合に合わせながら書き取りと計算を教える。教えながらデーティアは調合用のテーブルで様々なものを作る。
昼食を作る前に、午前のティータイムをとる。
シャーリーがいる時は大人2人は紅茶を楽しむが、子供たちはカモミールやレモングラスのお茶にジャムを入れたものかヤギの乳だ。
昼食の後はアンジーとフラニーはお昼寝。
その間にジルに魔法を教えながら、熟成中のチーズを塩水で拭いてバターを塗る。商品の調合をする。
ジルに教えているのは魔力の扱い方だ。どのように魔力を引き出して素を織り上げるか、いかに早くいかに正確にできるか微妙な調整だ。
ジルは魔力が強く、飲み込みも早かった。
ジルが素早く魔力の素を織り上げることができるようになると、デーティアはそれを織る傍から解いていった。
苦労して織り上げた魔法を邪魔をされるが、デーティアは仕事の片手間にいとも簡単にやってのけるので、ジルは自分の未熟さを教えられているのだと悟り、何度でも繰り返す。
「辛抱強いことはいいことだよ。殊に魔法に関してはね。うちの家系は短気で癇癪持ちだからね」
デーティアはジルを褒める。
「あんたは癇癪と言うより癇性が強くて、それを負けん気に変えている。その調子でおやり」
ジルがデーティアの与えた課題を熟すごとに、デーティア独自の魔法を教える。それは王宮魔導士も知らないものだ。
アンジーとフラニーが昼寝から起きれば、魔法の授業は終わる。
午後のティータイムは3人にマナーを教えながら。
アンジーもフラニーも魔法を習いたがったが、デーティアにいつも言われてしまう。
「魔法測定が済んでからだよ」
「でもやりたいの!」気性の激しいフラニーが言う。
「おばあさまは測定できるのでしょ?」アンジーが問う。
「あたしから魔法を学びたかったら、ジルのように基礎学を終えてからだよ。あたしの魔法は正道じゃないからね」
デーティアは刺繍や料理や勉強を教えながら、注意深くアンジーとフラニーを観察した。
シャーリーから依頼された見極めのためだ。
親というものは産んだ時から将来の心配をしてしまうものなんだね。そして子供可愛さに見極められず悩むのは世の常かね。
アンジーはなんでも辛抱強く最後までやる。失敗したことは成功するまで何度でもやりたがる。
フラニーは途中で投げ出したり嫌がることが多い。失敗したことはやりたがらない。
2人に共通していることは、失敗すれば沈み込み、成功すれば喜ぶことだ。
デーティアは6年間2人を見て判断したことをシャーリーに話した。
いや、王宮での報告なのでシャロンにだ。
「みんなフラニーが激しい性格だって困っているようだけどね、アンジーの方が困り者だよ。アレが黙っているのは自尊心が高すぎるからさ。強すぎて弱音が吐けない子だよ」
「わたくし、おとなしくて穏やかなだけではないと感じていましたが…」
シャロンはため息を吐く。
「フラニーが料理を嫌がって逃げ出すことを我慢が足りないって貶すけどね、アンジーが最後までやり遂げるのは、自分がやれないことを見せたくないからさ。逆にフラニーは工程が面倒で失敗を恐れて逃げ出す。アンジーは出来ないと笑われるのがいやで食らいつく」
笑うデーティア。
「あたしから見ればどっちもどっちさ」
シャロンはようやく笑う。
「フラニーは率直だが、アンジーは頑固者さ」
「それでおばあさま、どちらを選びますか?」
この質問が6年間観察して判断を仰ぎたいと言う、以来の本質だ。
「どちらがフィランジェ王国の王太子妃にふさわしいかって言うとアンジーだね。あの子の負けん気は筋金入りだよ。あれなら、どんな嫌がらせをされてもへこたれない。嫁いでも生まれた国の益を考えてくれるだろうさ」
「ではフラニーは?」
「フラニーは今は浮ついて生意気なところが目につくけどね、一度辛抱を覚えたら強いよ。あの子に直系でもないのに王の剣を司るダンドリオン侯爵家のスペード形の痣が出たのは天命さ。
国を守るダンドリオン侯爵家に降嫁させるのが最良だと思うよ。あの子はこのラバナン王国の剣を司る家にふさわしい。それにフィリパの件をいまだに忘れない、ダンドリオン侯爵家を押さえるのにも丁度いい」
フィリパは現国王の母親の名前だ。もう故人だがダンドリオン侯爵家は、フィリパにされた仕打ちを忘れていない。事あるごとに蒸し返すのだ。
「では今後、そのように教育致しますわ。おばあさま、ありがとうございます」
安堵したようなシャロンの顔が再び曇った。
「まだ心配事がおありかい?」
シャロンは言い淀んだが、思い切ったように切り出した。
「2人とも貴族らしい振る舞いを嫌いますの。お茶会やパーティーのような堅苦しい場になどいきたくないと…」
「おやおや、生意気だね。うちのティータイムで十分だと勘違いしておいでだね」
「おばあさまの家と王宮、切り替えるよう指導したいのです」
シャロンはくすっと笑って続けた。
「おばあさま、また"ティア"になっていただけませんか?」
デーティアは一瞬怯んだ。額に手をやって天を仰いで覚悟を決めたように問う。
「今度は何をすればいい?茶会かい?」
「ええ、お茶会を数回とパーティーを1回」
大きなため息をつくデーティア。
「50年前はなんとかなったけどね、100年前に習ったモノが通じるかね?また講義を受けなきゃ」
「おばあさまの淑女のマナーは完璧ですわ」
「懐かしいね。それと同じ言葉をフィリパが言ったよ」
シャロンはふふっと笑う。
「おばあさまが王宮に残されたドレスを参考に、いくつか作りましたのよ。試着に参りましょう?」
ああ、この強かさがジルに受け継がれるといいねとデーティアは願った。
冬の社交シーズンの始まり、この国の第一位の地位にある有王太子妃が開いた最初のお茶会はごく私的なものだ。アンジェリーナとフランシーヌに礼儀作法を教えるブラウ伯爵夫人が採点するために参加する。
シャロンが主催して、アンジェリーナとフランシーヌ、同じ年の令嬢、ジンラース侯爵家のイヴリンとラディア伯爵家のソニア、そしてその母親たちを招いた。
アンジェリーナとフランシーヌが驚いたのは、藍色のドレスを着たデーティアが来たことだ。
ジンラース侯爵夫人、ラディア伯爵夫人、ブラウ伯爵夫人に完璧な淑女の礼カーテシーをして、にこやかに挨拶をした。
シャロンはデーティアを紹介する。
「国王陛下の遠縁のティア様です」
王太子妃が敬称をつけることで、この場で第二位の地位にあるとほのめかす。
「みなさま、どうぞティアとお呼びくださいませ」
デーティアは淑やかに申し出た。
「イヴリン嬢、ソニア嬢、もうお茶会に出る及第点をいただいたとか。お祝いを受け取ってくださいませ」
そう言ってデーティア手製のレースのハンカチを渡す。片隅に薔薇の花とそれぞれの家紋が刺繍されている。
「ありがとうございます、ティア様」とイヴリン。
「とても綺麗です。レースのハンカチなんて初めてで嬉しいです」ソーニャが嬉しそうに言う。
「まあ、なんて見事なレースを。子供にはまだ早いと思っていましたが…大切にするのですよ」
「そうですわ。こんなレース、滅多に手にできませんよ」
2人の母親も喜ぶ。
「自尊心は大切にすればよい糧になりますもの」デーティアが微笑む。
このお茶会で、アンジェリーナとフランシーヌは、シャロンからもデーティアからもブラウ伯爵夫人からも何も言われなかった。いつもはビシビシと注意をされるので不思議だったが、なによりもデーティアの振る舞いに驚かされた。
アンジェリーナもフランシーヌも驚いた表情を隠せない。普段ぞんざいでざっかけない態度と口調のデーティアが、今は淑女の顔で完璧なマナーでお茶会に臨んでいるのだ。
お茶会の後、フラニーがデーティアに尋ねた。
「おばあさまは本当は淑女なの?」
「いや、魔女だよ」
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