デーティアと双子姫≪赤の魔女は恋をしない4≫
チャイムン
第1話:形は生めども心は生まぬ
ラバナン王国の王都から馬車で約1日の距離になるリャドの町は、さほど大きくない上に深い森に臨んでいるにも関わらず、活気に溢れていた。王都の一歩手前という地の利のため、東から王都へ向かう商人や旅人の休憩地になっているからだ。
町を出て森へ入って約1時間ほど進んだところに魔女の家がある。
この魔女は100年近くここに住んでいたが、ずっと姿が変わらない。10代後半の美しい娘の姿だが当然100歳を超えている。
たいていの魔女は黒や灰色などの暗い色のフード付きマントを纏うが、この魔女デーティアは表地が深紅で裏地が黒のフード付きマントを纏い、黒い服を着ている。
デーティアは母親がエルフ、父親が人間のハーフ・エルフだった。
母親に似ているのは背が高く、猫のような吊り気味の緑の瞳。父親譲りの渦巻くような赤い髪と人間の耳。
両親から受け継いだ魔力は強く魔力量も多い。宮廷魔導士全員が束になっても敵わない。
こんな力の強い魔女をなぜ宮廷魔導士に据えるべく王宮が動かないかというと、知らないからではない。逆に知られ過ぎて、王宮からは手が出せないのだ。
デーティアは現国王の祖父の姉なのだ。
公にされてはいないものの、王家と重臣たちには周知の事実だ。過去数回の王家の危機に、デーティアはそれを回避する一助となって活躍したのだから。
現国王の父親の醜聞事件の時は現国王の命をも救った。現国王の妃探しでも活躍した、近年は王太子の息子ジルリアを救った。
ジルリアの魂が猫の中に封じ込められた事件から、毎年デーティアの家では春と夏の時期に客が来るようになった。
春には子供が3人、夏には母親と子供3人が2~3週間ほど訪れる。
母親のシャーリー、長男のジル、双子の姉妹アンジーとフラニーだ。
シャーリーは弟の曾孫の嫁と言っているが、実はこの国の王太子妃シャロンなのだ。
ジルはシャロンの息子のジルリア、双子はアンジェリーナとフランシーヌだ。
最初の夏は、母親が双子を産んだ後の静養のためにジルだけが来た。
元々デーティアの家には寝室は1つしかなかった。ジルだけならば一緒に眠ればいい。
しかしジルが帰った後、シャロンから「来年はわたくしもアンジェリーナとフランシーヌを伴ってぜひ行きたい」との要望があった。
父親の王太子フィリップは先の事件から、心身と魔法の鍛錬を課されているため、数年は避暑のための旅行ができないのだ。
それに加えて、双子を産む前にデーティアの家で過ごした日々が楽しかったらしい。
あの時は妊娠中のシャロンに寝室を明け渡して、デーティアとジルは1階の臨時救護のために用意したベッドを2台入れた部屋で寝ていた。
しかし、ジルに加えてシャロンと双子が来るとあれば、ベッドも部屋も足りない。
そこで家を増築した。
今までの間取りは1階には広いデッキの奥にドア、客を迎え簡単な調合ができる竈付きの部屋、その奥に念のための患者が休むことができるベッドが2台ある部屋、東側に広めの薬の調合室とキッチン、家の裏手はパントリーと浴室、2階は書庫と自分の寝室と広いバルコニー、それに屋根部屋。
増築は北側だ。
1階は東に新しく食事をする場所を広く取ったキッチン、パントリーと浴室を広げ、西側に道具置き場を増設した。
2階は増築した部分を書庫と小さな寝室にして、書庫だった東の部屋を2部屋の寝室にした。
翌年、ここではシャーリーと名乗るシャロンがジルと双子を連れて来た。
シャロンをシャーリー、ジルリアをジルと呼ぶように、アンジェリーナはアンジー、フランシーヌはフラニーと呼ぶことになった。
ジルは昼間はデーティアの守りが届く森や庭で遊び回った。シャーリーはベリー摘みをしたり、デーティアからお菓子作りや料理を習った。
アンジーとフラニーは傍で、デーティアの大きくて白くて毛の長い飼い猫のジルに守られて遊んでいた。
アンジェリーナとフランシーヌは外見はよく似ていても、性格はほぼ正反対だった。
両方赤みがかった金色の髪にロイヤル・パープルの瞳だ。よく見ればアンジーの方が赤みが強い。
アンジーは静かで無口、普段から自分の好みは言わないが芯のしっかりした子供だ。
フラニーはよく動き回りよく喋り、我儘で活発だが快活だ。
遊び疲れたジルがアンジーとフラニーと一緒に、開け放したドアから見えるデッキの長椅子で昼寝をしている時だった。
「ここに押し掛けたのはご相談したいことがあったのです」
少し緊張した面持ちでシャリーが切り出した。
「フラニーのことなのです」
デーティアは黙って、薔薇の花びら入りの紅茶を淹れてすすめた。
「フラニーの背中に"王の剣"の痣があるのです」
「ダンドリオン侯爵家の直系によくでるあの痣かい?」
「はい、生まれた時からはっきりと赤く」
「大きいジルリアにもあるよ。フィリパの曾孫だから出てもおかしくないだろうね」
シャーリーは手をぎゅっと握り合わせた。
「女の子ですのに」
「男とか女なんか関係ないよ。それにまだまだ小さい。様子を見るんだね」
シャーリーはデッキの方を見て言った。
「"王の剣"故に気性が激しいのでしょうか?」
確かにフラニーは癇癪持ちだ。まだ1歳なのに自己主張が強い。
「あたしはダンドリオン侯爵家と関係ないけど、ひどい癇癪持ちだよ。気性が激しいのは父方の家系の方も原因だと思うけどね」
デーティアはシャーリーの肩を優しく撫でた。
「まあ、様子を見ようじゃないか。悪いことは矯めて、いいことは伸ばしていこうじゃないかね」
そしてことさら皮肉な調子でデーティアは言った。
「ご覧よ。このあたしの家に、クッキーの壺とドーナツの壺があるんだよ。すっかり孫に夢中な婆じゃないか」
そう言って笑った。
部屋の隅には2つの壺が置いてある。青い方はクッキーが黄色い方はドーナツが常備してある。
「今じゃあ、町の子供達も喜んで親についてきて、苦い薬でもこのクッキーやドーナツのために飲むんだよ」
「おばあさまのお菓子はおいしいですもの」
2人は笑い合った。
「とにかく、世も人も変わっていくものだよ。起ってもいないことをぐずぐず考えてもしかたなさね」
にやっと笑って見せる。
「フラニーが手に負えなくなったら、あたしがお尻を叩いてあげるよ。なんたってあたしはあの子の父親の両頬を張り倒したんだよ」
子供を起こさないようにくすくす笑い合う。
以来、夏には母親と子供達4人が避暑に訪れ、春の社交シーズンには3人の子供たちがあずけられる。
世話係や子守をつけるという申し出は断った。
部屋の問題ではなく、これ以上は面倒だったのだ。
子供は加護を与えて結界内から出ないようにすればいいと思っていた。しかし子供達はほとんどの時間をデーティアに纏わりついて過ごした。
アンジーとフラニーが5歳になった年に、2人からデーティアとおそろいの赤いフードが欲しいと強請られた。
「それはできないね」
「どうして?」
アンジーが聞く。
「ほしいのよ」
フラニーが言い募る。
「昔からね、赤いフードの可愛い女の子は危ない目に遭うんだよ。2人には違う色で作ってあげようね。来年の春までお待ち」
デーティアが甘やかすとジルも強請った。
「私もおばあさまと同じ何かが欲しいです」
「ジルは来年から魔法の扱いを教えるよ。課題を終えるごとにご褒美をあげようね」
ジルはぱっと顔を輝かせた。
あーあ。あたしも焼きが回ったね。子供がこんなに可愛いなんて。
子供を産まなくても産めなくても、可愛いもんだね。
翌年の春、アンジーとフラニーがデーティアの家に訪れるとさっそくフードが渡された。
「春の風と陽射しで肌が荒れないように、あんたたちもそろそろ気を付けないとね」
そう言って、アンジーにはクリーム色の、フラニーには淡い若草色のフード付きケープを贈った。どちらも縁に手の込んだ刺繍が刺してある。
「そろそろあんた達も淑女教育に身を入れる頃だよ。これもあげようね」
それぞれに森にある蔓で編んだ籠を渡す。
「これは髪に着ける油」と茶色のガラスの瓶。
「肌艶をよくする薔薇水」と陶器の瓶。
「日焼けを防ぐ軟膏。服で隠れないところに薄く塗るんだよ」大人の掌におさまるほどの大きさの、彩色された可愛い貝殻を3つ。
「そしてこれは針箱。今年からしっかり刺繍を教えるよ」籠の半分を占める木の箱。蓋と側面には花が彫られている。アンジーにはヒナギク、フラニーにはスイカズラだ。
デーティアは決して二人を同じように扱わなかった。
この家で過ごす服はデーティアが縫ったもので、それぞれに違う色とデザインの服を与えた。
共有はさせず、個人の持ち物の区別をはっきりさせた。
「自尊心と尊厳は大切にしないとね」とデーティアは言った。
同じ親から産まれた双子。外見は両親や姉妹同士似ていても、中味は別物だからね。
母親は体を産んだけれど、中身まではどうなるかわからないものさ。
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