第6話、村長は尊重しなさい

「あれから随分時間が経ってる。あの事件はもう解決しないし、ジンニも当然とっくに殺されたものだと思ってたのに……」

「正直、俺もそう思ってた。」


 グナは、ため息をつくようにそう言った。

 そして、お腹に残っている一番大きい傷跡に軽く手で触れると、また言葉を続ける。


「でも、「マレウ様」がわざわざ呼び出してきたんだし。絶対に何かあるんでしょ。」

「そうだろうね。でもあの事件って村中に知られてることだろ?今更グナだけに秘密に伝える理由ってなんかあるのか?」

「それは不思議ではあるけど……」

「心当たりとかないのか?」

「ない。というか、あったとしてもあの村長のことだから、俺に予想のつく理由とも限らないけどね。」

「……そりゃそうだ。」


 あの事件の後、ジンニの捜索のために、実はグナとデラオは何度もマレウ様に会っている。


 グナとデラオに対してマレウ様は、初めはジンニ捜索のために真面目に接していたので、二人はマレウ様をこれまで思い描いてきた村長らしく、威厳のある厳格な人だと思っていた。

 しかし、幾度も捜索を試み、幾度も失敗に終わり、幾度も話していくうちに、その印象はどんどん変わって行った。

 マレウ様は二人のことをなぜか気に入ったらしく、まるで友達のような接し方になっていったのだ。初めは二人も怖かったが、その気で話してみると思いがけず二人も打ち解けてしまい、最終的に今は結構仲がいい。

 なので、普段会う時はマレウ様ではなく、親しみを込めて村長と呼んでいるし、非公式の手紙で幾度か食事に呼ばれたこともある。


  そして、他の村人より村長と親しくなってみてわかったことは、村長はとにかくふざけた人だということだ。

 ふざけた人というと不真面目と聞こえるかもしれないが、そういうわけではない。

 ジンニの捜索をはじめとして、誰かにとって重要だったり、誰かのためになること、村の安全に直接関わることは、どれだけ手間がかかっても、並の役人では及びもつかない熱量で最適解が出るまできちんと行う。

 たとえそれによって救われる人間がたった一人だったとしても、村長は持てる能力全てを使って救おうとするのだ。


 しかし、一旦ただのめんどくさいこと、特に誰の役にも立たないことと判断したものはどうにかしてサボろうとする。例えば、週ごとの書類などはめんどくさいだけの仕事と思っているらしい。

 そういった仕事をやらされる時、それはもう幼い子供のように、机の下に隠れてでも逃れようとするのだ。


 さらに村長は冗談も好む。堅苦しいのが嫌らしく、笑いが取れようが取れなかろうがそんなことはどうでもいいらしく、空気感が変わればいいという考えで色々と冗談を言ってくる。


 そんな村長も見てきたグナとデラオなので、実は村長に呼ばれること自体は決して恐ろしいことではない。

 だからこそ逆に、そんな間柄の村長が改めて「村長:マレウ」として手紙を送って来たことが怖かった。


「……そろそろ向かった方がいいんじゃないか?」

「ああ、もうそんな時間なんだ。デラオも行く?」

「……なんか面倒ごとにならないだろうな?」

「行って駄目なこともないでしょ。」

「……じゃあ行くよ。全く……何言われるんだか。」





 グナとデラオが村長の住居に行くと、警備にあっさりと通され、あっという間に村長に会うことができた。

 入り口にいた役人に要件を伝えると、事務的な対応で警護番に執務室まで通され、そして村長の前まで進む。

 警護番が部屋から出ていくと、


「おお、久しぶりじゃなグナ!それにデラオも来ておったか!手紙には書かなんだが、一緒に来てくれたとは実に嬉しいことじゃ!」


 そう言って執務机の向こうから話しかけてきたのが、ザルカ村村長・マレウである。背の低い、見るだけで重ねてきた年を感じるような風格のある見た目をした女性である。

 基本的には他の村人と同じく褐色の肌だが、髪の色は銀ではなく黄金色だ。

 これは決して珍しいことではなく、髪色が銀の村人の中の一定数は、加齢とともに髪の色が金に変化するのだ。

 村長は御歳三百四十七歳の老齢なので、髪が黄金色でもなんらおかしくはない。


 ちなみにザルカ村の平均寿命は、昨年の統計では二百八十八歳らしいので、村長は平均よりも六十年近く長生きしていることになる。


 年に見合わぬ勢いで話しかけてきた村長を見て、

「改めて手紙を寄越すから何事かと思ったらいつも通りじゃないスか、村長」

と、デラオが思わず言う。

「まあそう言うなデラオ。我が堅苦しいのを嫌っておるのはお前も知っておるじゃろう。」

「村長、ひとまず要件は済ませておきたいんだけど……」

 グナがそう声を掛けると、今まで笑っていた村長は急に静かになった。

「そうじゃったな。これはお前らにとってみれば親友の命運を握る重要な話。堅苦しくしたくないとは言っても、真面目に話すべきじゃろな。」


 そして、村長は執務机の端に置かれていた紙を二人に差し出してきた。

 グナが近寄って受け取る。

「それが三日前、我が行った月初の占いの結果じゃ。」

「……これは…………」

「見ての通りの結果じゃ。こんな異常な占い結果は、我が村長になって約二百年間でも一度しかなかったことじゃ。我も正直驚いた。」

「村長……」

 グナが恐る恐る声を掛ける。

「なんじゃ?」

「全くわかりません。」


 お手本のようにずっこける村長。

 渡された紙には、占いで用いられる複雑怪奇な記号が書き写されている。

 そもそもなぜ占いが村長の仕事かと言えば、村長くらいしか占いの判読ができないからだ。

 後継者の育成も頑張っているらしいが、基礎的な部分だけですら、今判読ができるのは若くて六十から百歳の中堅所がギリギリなんだそうだ。

 ましてや十代の二人に読めるわけがない。


「なぜもっと早く言わなんだ!」

「いや、言う隙もなく村長が話そうとするからでしょ!」

「……まあ良い。お前らにわかる言葉に訳したものも用意はしてあるが、その前にこの、先月の占い結果と見比べてみ。」

 そういってもう一枚の紙を渡してくる。


 グナとデラオはその二枚を見比べて、そして村長が何を異常と言ったか理解した。

 先ほど、今月の占い結果を複雑怪奇と言ったが、先月の占い結果、つまり正常な結果と比べると至って簡単だ。

 いや、簡単とかそういう次元の話ではない。

 複雑さの差で言えば、正常が「鸞」とすれば、異常は「一」くらい簡単だ。


「普通、占いの結果には今月の村の様々な出来事が予言されるものじゃ。よってに先月の結果のような複雑な図形に表される。

 しかし今月は異常じゃった。何度占っても大して変わらん。」

「村長……」

 デラオが恐る恐る声を掛ける。

「なんじゃ?」

「とうとう占い方も忘れたのか?」

「たわけ!」

 お手本のようにキレる村長。

「この我の占いじゃぞ!何百年やってきたと思っとるんじゃ!流石に忘れんわ!」

「違いすぎて信じられないんスよ!」

「それは我も一瞬疑ったがの!この村長が幾度も試行して結論づけた占い結果じゃ!もっと尊重せんか!」

「悪かったよ。続けてくれ。」


 デラオはこうやって村長を揶揄うのが好きらしい。村長も別に本気でキレているわけではなく結構楽しんでいるようなのでグナは黙っている。

 本当にキレた村長の恐ろしさは二人とも知っているし、だからこそ何をすれば怒るのかもよく知っている。


「それで、並大抵のことではこのように異常な占い結果にはならん。こうなったということは、どこかでかなりの出来事が起こったということじゃろう。」

「ところで村長、」

「ん?なんじゃ?」

 グナがふと気づいたように声を掛ける。

「さっき、「一度しかなかった」って……これまでにもこんなことが一度はあったってことですか?」

「ああ、そうじゃ。」

 村長は頷きながら言う。

「記録を確認せねばはっきりしたことは言えんが、たしか我がこの地位に就いた次の年じゃったか……それが「ニエラの獣」の事件が最も酷かった、そしてその「ニエラ」という呼び名が決まった年じゃ。占い結果には「ニエラ」「死」「滅亡」の三つの言葉しか出なんだ。」


「村長が就任した次の年が一番酷かったって……また村長も随分と運がないんですね。」

「いんや?必然じゃよ。何しろ我の前任がニエラの獣に食われたのが、我が村長に就いたきっかけじゃからな。」

「え?」

「もともとこの村に突っ込んでくるのはせいぜい血迷った猪くらいのもんじゃった。あとは悪意ある他村の刺客か。そんなもんは村外郭の防衛部隊で防げとったんじゃ。」

 刺客は防げていたのか。意外と強いな防衛部隊。


「しかし、我の就任の数年前から、ニエラの獣が我らの村に迫ってくるようになってな。とうとうその年、前任の村長が祭事の最中に飛び込んで来たニエラの獣に食われてしもうた。」

 そんな事件は聞いたことがない。

「結果を言えば、襲いかかってきた三頭のニエラの獣によって村長一人と民数十人、防衛部隊も一師団がほぼ壊滅。当時襲ってきたのがよりによって超巨大な虎型三頭だったのも災いしたな。」

「アレが三頭……」

 グナは一人でも倒せるが、それは周りの被害を気にしていないからでもある。村の中に来て無差別に襲って来られれば流石に防ぎようもない。


「そこで、当時村長以外で最も占いに長けていた我が村長に昇格。翌年、占いに異常な結果が現れ、さらにこれまでで一番酷い襲撃事件が起きた。それはお主らも知っておるあの事件じゃ。一度は職位を追われそうになったわい。」

 今でこそデラオの揶揄いも冗談で済むが、当時なら今ほどの威厳もなかっただろうし、異常な結果の出る占いの信憑性は低かっただろう。

 心做しかデラオも気まずそうだ。

「結局我は、当時の村の役職を「狩人」制度にて統一。その中で防衛部隊や村の強者共の中から今の「獣の狩人」部隊を編成したんじゃ。

 そうしてニエラの獣の襲来数を大幅に減らし、ついでに当時珍しかった村外の獣の肉もある程度供給できるようになったことで、村民たちの評価と信頼を勝ち取り、今の地位と尊厳を得たんじゃ。」


 実は今の村の運営体制は、どのようにして始まったのか、いつ始まったのかはっきりとした記録がない。

 数少ないわかっていることは、村長職と防衛部隊は遥か昔からあったが、今の政府制度が作られたのは、村長が今のマレウ様になってからであると言うこと。

 あと、そのために防衛部隊は伝統を重んじ、狩人職の者と大体仲が悪いことだ。

 村長自身もこの辺りの話は好んでは話さないので、実はこの話はかなり貴重なものだったりする。


「重要なお話ありがとうございました村長。それで、」

「ああ、皆まで言うな。我も少々話しすぎた。今回の占いの結果じゃろ?」

「はい。お願いします。」


 村長は紙を取り上げると、話し始めた。

「今回出た結果は大きく五つの内容に分かれておる。順に伝えよう。

一つ、今月大規模な豪雨が起こる。排水に気を使わねば災害が起こるだろう。

一つ、豪雨の後、間も無くニエラの獣の集団が村に接近するだろう。

一つ、ニエラの災禍は獣のみならず、人にも及び始めるだろう。

一つ、この村の者にその災禍を退け得る者がいる。その名はジンニなり。

一つ、この村にその災禍を治め得る者が訪れ、初めに迎えた狩人はその仲間となるだろう。

 以上じゃ。」


 豪雨は年に数度起こることで、何も珍しい話ではない。ある種通常の結果だ。

 雨の後ニエラの獣が襲ってくるのもそこまで驚くことではない。獣は何故か雨の後を好んで襲ってくる。

 しかし、そのあとは随分と不穏だ。

「我も予測できる事態に対しての対策は万全にしておく。三つ目の結果は意味不明ながらも看過できぬが、今すぐにどうこうできる話かと言われればどうしようもない。可能な限りの警戒を続けるより他ないじゃろう。」


 その辺りの対策は村長も百戦錬磨だろう。

「じゃあ、俺たちを呼んだのは、」

「ああ。四つ目と五つ目の結果に関してじゃ。お主らが最も気になっているであろうジンニに関しては、ここでは省いたが追加の情報で、お前らの知っておるジンニと同一人物であることが確認済みだと言っておこう。

 これでジンニが、連れ去られはしたものの殺されてはおらず、さらに何やら重要極まりない立場にいるらしいことが判明した。」

「……」

 ジンニが生きていたことは間違いなく嬉しい。しかし村長の話には素直に喜べない何かがある。


「それも大いに重要な情報じゃが、五つ目の結果が我には非常に気になるんじゃ。」

「五つ目……災禍を治める者……」

「そしてその仲間になる狩人じゃ。具体的に人物は現れなんだ。ジンニが「退け得る」に対して、その某かは「治め得る」になっておるのも気になるな。」

「……」

「時にグナ、お主、旅に出る気はないか?」

「は?」


 グナは唐突さのあまりに硬直した。

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