狩人と戦士の旅日記
白川雪乃
ザルカ編
第1話、最年少の狩人たち
ある日の早朝のこと。
「じゃあ、そろそろ行って来るね。」
そう言って、石造りの家から出ていく少年がいる。
「気を付けて行ってらっしゃいよ。」
「わかった!」
母親に見送られて家を出る彼は、
ザルカ村所属「獣の狩人」グナ。年齢は十六歳くらい。
褐色の肌で腰には白布を巻き、長い銀髪を一本三つ編みにして後ろに垂らしている。
目元には特徴的な化粧がされていて、赤色で強くアイラインが引かれており、目尻からは茶色で、獣の爪のような形が描かれている。
背はさほど高くないが、筋肉は無駄なく鍛え上げられている。全身には大きな傷跡が目立ち、普段生活している環境の過酷さを物語っている。
彼ら「獣の狩人」の仕事は、その名の通り獣を狩ること。食料などの確保のための狩りという意味もあるが、同時に村を襲う獰猛な「ニエラの獣」を倒す役割も担っている。ザルカ村の役職の中でも、最も力量のある者達だけが就くことを許される名誉ある役職だ。
余談だが、彼らの狩りは基本的に三日間かけて行われる。基本二から五人一組で村から二日かけて一方向に進み、途中に良い獲物がいれば倒してその場で保存しておく。同時に進路上の安全を確認し、周辺にニエラの獣がいた場合はそれとも戦闘をする。そして三日目に保存しておいた獲物を持って村まで帰るのだ。
グナは村の中でも天賦の才を持つといわれるほどに狩りの腕前が優れており、史上最年少の十二歳で「獣の狩人」に任命された、一流の狩人である。
とはいえ、今日は別に狩りに出るわけではない。
ザルカ村の村長であるマレウ様に呼び出されたのだ。
ザルカ村は、国と対比するために村とは名乗っているものの、縦横それぞれ二十キロメートルほどある。
北側は海に面しており、マレウ様は沿岸の「クラヴァ地区」にある住まいで暮らしている。
狩人たちは狩りに出る都合上、皆内陸側の村の端に住んでいるが、それはグナも例外ではなく、彼の住むパラス地区からクラヴァ地区までは約十五キロメートルを歩いて向かわなければならない。
マレウ様との約束は昼なので、グナは早朝に家を出ているわけだ。
ここからグナは三時間ほど歩くわけだが、正直村の中は治安もよく平和で、これといって書き残すようなことも起きなかった。
強いて言えば途中で老人に話しかけられて、そのまま長話に付き合わされそうになったことくらいだが、すぐに孫らしき女性がやって来て老人を連れて帰ったので、結局捕まらずに済んだ。
それ以外はいたって順調で、日が高くなり始めるころにはグナはザルカ村の中心地区クラヴァに到着した。
クラヴァはザルカ村最大の地区であり、たくさんの店や石造りの住居が所狭しと並んでいる。中心にはマレウ様の住居があり、その周辺には各政務を司る役場がある。
「さーて。デラオが待っててくれるって言ったんだけどな~」
グナは辺りを見回したが、それらしい姿は見えない。
デラオは、クラヴァに住んでいるグナの友達で、海に関連した仕事を請け負う「水の狩人」をしている。
力量こそ求められないが、村内の飲料水の管理なども請け負う役職なので、とても重要な仕事であることには変わりない。
とはいえ、今日は休みを取ったと言っていたのだが、
「また寝坊してんのかな~」
「してないよ。」
「うわっ!」
背後から突然声を掛けられた。
声の主は当然、待ち合わせていたデラオだ。
「なんだよびっくりするな~」
「ちょっと友達をおどかしてやろうと思っただけじゃない。」
デラオはいかにも愉快そうに笑っている。一方グナは不服そうで、
「だとしても気配消すの上手すぎでしょ。俺も一応獣の狩人なんですけど?」
「アタシに背後取られるようで、よくニエラの獣と戦えるよね。心配になるわ~」
「余計なお世話だ!」
グナは不機嫌そうな顔をして見せるが、デラオは一向にかまう様子がない。
デラオは胸から下に刺繍の入った布を巻き、グナと同じく長い銀髪を、緩く結び体の前に垂らしている。
また彼女は男に混じったとしても特に背が高く、男の中でも特に背が低いグナが目を合わせようとすると見上げる格好になってしまう。上から見下ろされながら揶揄われるので余計に不服だ。
デラオがひとしきり笑って満足した頃。
思い出したように急に真面目な顔に戻って、
「で。今回はマレウ様に呼び出されたんですって?」
「そうだけど?。」
「何やらかしたのよ?」
「なんもしてない。」
「そう……」
デラオがそう疑うのは、何もグナをからかっているだけが理由ではない。
実際、村の人々が村長の顔を見るのは、年に一度の年初めの祭りの時の他には、普通、自分が「狩人」や、それと同格の職に任命される時、あるいはその職を引退する時、称号を剥奪される時のどれかである。
既に、役職の中でもかなり上位の「獣の狩人」に任命されており、尚且つ正規の引退をするほど年を取っていないグナが呼び出される理由といえば、普通に考えるなら罰則を受けるか称号剥奪かしか思い当たらないのだ。
褒章などの場合もなくはないが、そういった場合は事前に大々的に触れ込まれるものなので、こんなに静かに呼ばれるわけがない。
「だとして、何もしてないんだったら呼び出されるわけないでしょ。マレウ様だって暇なお方じゃないんだし。何か理由は聞いてるんじゃないの?」
「一応、理由は聞いてはいるんだけど……いくらマレウ様からの通知とはいえ、俺もいまいち信じられなくて。」
グナの顔に浮かんでいるのは、はっきりと困惑の色だった。
「とりあえず話してよ。もちろんアタシが聞いて問題ない話ならだけど。」
「いや、むしろわざわざデラオを呼び出したくらいには、デラオにも関係がある話なんだ。」
しばし黙った後、グナは真面目な顔で口を開く。
「呼び出しの通知に書いてあった内容を一言で言えば……」
ここで少し言い淀んだが、再び言葉を続ける。
「……マレウ様直々の占いの結果に、「ジンニ」が出たらしい。」
「なっ…………マジかよ。」
これには流石のデラオも驚いたようで、言葉を続けられない様子だ。
グナは、どういう仕組みなのかわからないが、腰に巻いている白布の隙間からしまってあった封書を取り出す。
「実際の手紙がこれ。」
「ちょっと見せてくれ」
「はい。」
デラオは手紙を開いて読む。
【「獣の狩人」グナ殿
「村長」マレウ様より通達
マレウ様が村の公の行事たる「月の占術」を行っておられた際、その答えに明確に「ジンニ」の名が現れた。なお、同名の別人ではないとのことだ。
この占いの答えに死者の名は決して現れない。よってジンニの生存が確実なものとなった。ついては、当時二人組であったグナ殿に連絡事項、並びに幾つかの問いがある。
明後日の太陽南中の頃、マレウ様の屋敷を訪問されたし。
「連絡役」カダレ】
「マジみたいだな……あれからもう三年は経ってるだろ……」
ジンニ、というのは、かつてグナと同じ「獣の狩人」だった少女のことである。
グナとデラオ、そしてジンニは、もともと同じ町に住む同い年の幼馴染だった。
グナが史上最年少の十二歳で「獣の狩人」になり、パラス地区に引っ越してからわずか半年後、ジンニも十三歳という若さで「獣の狩人」に任命され、同じ町にやってきた。
獣の狩人に性別などは関係ない。しかしその役職に就くのはほとんどが男だ。それは命に関わる問題であるだけに、純粋に力量のみで人選をしているからだ。
女であろうが年少であろうが容赦はない。力量で劣れば命に関わる。
逆に言えば、そんな世界にジンニが弱冠十三歳でやってきたのは当時衝撃的な出来事であり、同時に彼女が超優秀な狩人であったことを示していた。
それからは、互いの息も合うということで、ジンニとグナは二人で狩りに出ていた。幾度か危険な目にも合ったが、そこは幼馴染故の阿吽の呼吸というやつで乗り切ってきた。
狩人は通常二から五人で狩りをする。初めこそ五人組で狩りをしていたグナとジンニだったが、すぐに、二人組で狩りをするようになった。二人の連携力は群を抜いており、むしろ他人がいた方が足手まといになりやすいとリーダーが判断したためらしい。
当然二人は当時の狩人の中で一番目と二番目に若く、その二人を二人組にすることには心配の声もあったが、その後の成果によって、半年もする頃にはその声も聞かれなくなった。
そうして一年ほど過ぎたある日。二人はいつものように狩りに出た。
そしてその日、
「あれから随分時間が経ってる。あの事件はもう解決しないし、ジンニも当然とっくに殺されたものだと思ってたのに……」
「正直、俺もそう思ってた。」
未だにザルカ村で恐れられている、あの事件が起こったのだ。
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