第2話 ピューマの檻〜アジアゾウの飼育舎
● ピューマの檻
「おいお前たち」
檻の中から、ハグとポルカに声をかけてくる動物がいた。優雅で大きな体を持ったピューマだった。ピューマとは南北アメリカ大陸に生息する大型のネコ科動物だ。俊敏で視覚聴覚に優れており、シカなどの草食動物を捕食する。クーガーとも呼ばれている。
「お前たち、そんなところで何をしてるんだ」
ピューマは低い声で言った。
「人間たちを探してるんです」
ハグは答えた。
「人間たちはいなくなったのか」
「僕たちが見た限りは、はい。だからこうして探してるんです」
「どうやって外に出た?」
「なぜかわからないけど、鍵がかかってませんでした」
ピューマは檻の出入り口に行って、扉をガンガンと叩いた。しかし檻には鍵がかかっていて扉は開かない。ピューマは苛立たしそうに低い声を鳴らした。
その姿はハグとポルカに恐怖を与えた。
「腹が減ったな。何か食べ物を持っていないか」
「食べ物は持ってませんけど」
ハグは自分もお腹が空いていることを思い出した。コビトカバは草食動物だ。飼育舎に残っていた草だけがハグのこの日の食事だった。本当は飼育員が持ってくるリンゴなどの果物が食べたかった。
「おれは昨日から何も食べてないんだ。このままじゃあくたばっちまいそうだ」
ハグはピューマの顔を見た。最初は気が付かなかったが、ぐったりしているように見えた。
「僕たちが人間を見つけたら、早く餌をみんなに与えるように言いますね」
「ここから出られたらなぁ」
ピューマは言った。
ハグが檻の鍵を見る。鍵は開けられそうにない。もし開けられたとしても、肉食動物のピューマが檻の外に出たらどうなるだろうか。シマウマやシカが襲われてしまうところをハグは想像した。
ピューマの体長は170センチメートルぐらいで、ハグの体長とほとんど変わらない。襲われたらどうなるだろうか。鋭い牙や爪で襲われたら、ハグに抵抗する手段はなさそうだ。でも体重ならハグは200キログラムで、ピューマはせいぜい100キログラム程度だ。全力で体当たりをすれば、ハグが勝つかもしれない。
ピューマはハグの後ろに隠れているポルカに気がついた。
「そこにいる鳥はなんだ? こっちに来ないか」
ピューマの目がギラリと光る。
「おい」ポルカがハグに小声で囁いた。「早く離れようぜ。近づいたら何されるかわかんねえよ」
ハグは頷いた。
「僕たち、早く人間を探すから。それまで待っててね」
ハグとポルカはピューマの檻の前を立ち去った。
「早く人間を見つけよう。そして早くおいしいごはんをお腹いっぱい食べよう」
ハグは空腹のピューマを見て、改めて人間を探す決意を固めた。
●噴水と観覧車
二匹はピューマの檻を離れて動物園の中央までたどり着いた。噴水のそばを通りかかると、ハグは中に入って水浴びがしたくなった。コビトカバの皮膚は乾燥に弱い。ハグは我慢しきれずに、噴水の中に入った。乾いた皮膚に水分が行き渡る。ポルカはその様子を眺めながら、噴水の水をわずかに飲んだ。
噴水の隣には観覧車があった。動物園の真ん中に、遊園地でもないのに観覧車があった。それほど大きい観覧車ではないが、この動物園で一番大きな建物だった。
「今日は動いてないね、これ」
ハグが観覧車を見上げて言った。
「人間がいないから動かしてないんだろ」
ポルカが答える。
「それもそっか。休園日には動いてないもんね」
噴水から出て、先に進む。猿山の横を通り過ぎる。猿山の猿がじっとこちらをみてくる。しかし何も言ってはこない。
そしてハグとポルカは動物園の北東の端にあるゾウの飼育舎までたどり着いた。
⚫︎アジアゾウの区画
「すみませーん。どなたかいませんか?」
ハグがゾウのエリアにズンズンと入って行く。
「何者だ?」
低い声が聞こえ、アジアゾウの巨体が姿を表した。
ハグとポルカは首を大きく曲げて上を見る。二匹の目線はせいぜい数十センチなのに対して、アジアゾウの目線は2メートル近くある。動物園には大小多くの動物がいるが、やはりゾウは別格の大きさだった。
アジアゾウはインドやタイに生息するゾウの一種だ。アフリカゾウよりも小さいが、それでも体重3トンはある。ハグの10倍以上の体重だ。大きさの他に、アジアゾウはアフリカゾウよりも耳が小さく、温厚な性格をしていると言われている。
「僕はコビトカバのハグ、こっちはホロホロ鳥のポルカ。人間を探しています。園内を見て回りましたが、一人もいませんでした。どこにいるのでしょうか……ご存知ではないですか?」
アジアゾウは首を横にふる。
「ここまで探してもいないんだ」ポルカが言う。「動物園のなかには人間はいないんだろうよ」
「動物園のなかを探したのか?」
アジアゾウが聞く。
「はい。正面ゲートからここまで探してあるいたんですけど、誰一人いませんでした。一体どこへ言ってしまったんだろう」
「そういえば一昨日の夜、奇妙なことが置きたな。気がついたか?」
アジアゾウが言った。ハグとポルカは何も思い当たることがなく、お互い顔を見合わせる。
「一昨日の夜、雲ひとつない夜だった。突然南の空が奇妙な光で明るくなるのが見えた。そして遠くの方からけたたましい音が響いているのが聞こえてきた。自然の光や音ではない。人間たちが何かをしているのだ。何が起きているのか、私には全くわからない」
「外で人間たちに何かが起こったんだ……」
ハグはつぶやいた。
「俺としちゃあ、人間がいなくなって清々しているけどな」
ポルカが言い放った。
「でも……人間たちがいなくなってしまったら、みんなの食べ物は誰が用意するの? ポルカはいいかもしれないけど、他の動物達は餓えて死んじゃうよ」
ハグはポルカに反論する。
「そうだな」アジアゾウが落ち着いた口調で話す。「それは大きな問題だ。しかしそれに加えて、もう一つ大きな問題がある」
「餓死と並べられるほどの大きな問題なんてあるの?」
ポルカにとって餓死するというのは最大で唯一の問題のように思えたので、アジアゾウが言おうとすることは全く想像がつかなかった。
「もし人間たちが戦争をしているのだとすれば、この動物園は閉鎖されるかもしれない。そしてそうなったとき、人間たちは動物を殺してしまうだろう」
「殺す? どうして!?」
ハグは叫んだ。
「自分たちよりも鋭い爪や牙を持った動物や、大きな動物が人間を襲うのを恐れて、人間は動物を殺すのだ」
「そんなこと、あるはずないよ」
「どうして」
アジアゾウは尋ねた。
「人間は、動物が大好きなんだ。それを殺すなんて、ありえないよ」
「お前は知らないだろう……人間は動物が好きだ。だがそれでも、人間は動物を殺す。この園内の動物たちが決して入れない場所には、銃が何艇も保管されている。それはもしも動物が暴れて手に負えなくなったときに、人間が動物を殺すためだ」
ハグは言葉を失った。
「お前は人間を信用し過ぎなんだ」
ポルカがハグに向かって言った。
「じゃあ、ここの動物たちにとっては、人間がいなくなったほうがいいってこと? みんなここから出ていって、好きなように生きるのがいいってこと?」
ハグは泣きそうな声を絞り出すように言った。
「すべての動物にとってそうなのかは、わからない」
アジアゾウが言った。
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