人の消えた動物園

九夏三伏

第1話 コビトカバの飼育舎〜正面ゲート

 登場人物(動物)

 ・ハグ(コビトカバ): 楽天的なコビトカバ。人間のことが好き。小さいが力持ち。

 ・ポルカ(ホロホロチョウ): おしゃべりなホロホロチョウ。翼はあるが、空を飛ぶことはできない。


 ●コビトカバの飼育舎


 コビトカバのハグは、この動物園で誰よりも人間のことが好きな動物だ。毎日人間に撫でられたり、抱きしめられたりするのが日課だった。それがもう、一日以上も人間に触れられていない。


 オスのカバの大きさは4メートルにもおよび、体重は3トンを超えることもある。一方でコビトカバはの1・5メートル体重200キロ程度と、通常のカバと比べるとかなり小さい。身長170センチ体重60キロの人間がカバだとすると、コビトカバに相当するのは身長60センチ体重4キロのまさにコビトだ。コビトカバというのは、まさにコビトカバという名前がピッタリの動物だ。

 

 天気のいい平日の午前。若葉が木々に生え、爽やかな風が吹いている。普段なら動物園には、来園客がたくさんやってきて騒がしくなっているだろう。たとえ休園日でも、人の姿が完全に消えることはない。お客さんは入れてなくても、飼育員や清掃員が働いているからだ。それがこの日は人間の姿は一つもなかった。


 いつもならあの扉から飼育員がやってきて、餌をくれたり触ったりしてくれるのに、待てども待てども扉が開くことがない。ハグは待ちきれなくて自ら扉の前にやってきた。扉にはいつも鍵がかかっていて、飼育員が外から鍵を開けないと扉は開かないはずだ。しかしこの日、ハグが扉を押すと、扉はなんの抵抗もなく開いた。こんなことは今までに一度もなかった。

 

 扉の先がどうなっているのか、ハグはほとんど覚えてない。入ってきたときを除けば、ほとんど行ったことがない場所だ。知らない場所に行くのは不安もある。しかし、もしかしたらこの先に人間がいるかも知れない。ハグは勇気を出して扉から外へ出た。


 ● ホロホロ鳥


 ハグは勇気を出して外に出たが、人間の姿は見当たらなかった。そのまま先に進んで、一番近くにいたシマウマとミーヤキャットの区画までやってきたが、そこにも人間はいなかった。

 

 シマウマの区画の向かいには、フラミンゴの区画があった。


「あのー、人間を探してるんですけど、見かけませんでしたか?」

 

 ハグはフラミンゴたちに聞いていく。しかしどのフラミンゴも顔を横に振り、誰も知らないと答える。


 フラミンゴの隣の区画にはホロホロ鳥がいた。ホロホロ鳥とはアフリカに生息するキジ科の鳥である。体長は50センチ程度で鶏と似た大きさだ。鶏と同じようにとさかもある。しかし鶏と違い、顔は青く、黒い羽に白い斑点が敷き詰められている。

 

 ハグはホロホロチョウに人間を見ていないか聞く。


「見てねえなあ。そういえば昨日から誰の姿も見てねえよ」


 水玉模様の羽を持ったホロホロ鳥は、正面ゲートを一瞥して答えた。


「そうなんだ……いったいどこに行ったんだろう」


 ハグは悲しそうな声を出した。


「お前どうして人間を探してるんだ?」

 

「だって、人間がいないと寂しいでしょ」

 

「お前はそうなのかもしれないが、他の動物からしたら人間がいなくなっても寂しいとは限らないぜ。人間は俺たちを、故郷から見知らぬ場所に連れてきて、こんな狭い場所に閉じ込めてるんだ。お前はそのことを疑問に思ったことはないのか?」

 

 ハグは故郷のことを思い出した。雄大なアフリカのサバンナ。サバンナに流れる大きな川に、ハグは母親と一緒に暮らしていた。


「でも、外の世界は危険だよ。ここでは動物が他の動物に襲われて死ぬことは殆どないけど、サバンナではみんな空腹で、いつ誰に襲われるかわからなかったんだよ。それに比べたら、楽園だよ」

 

「それが当たり前だったんじゃないか」

 

「君は自分が殺されそうになったり、自分が殺されそうになったことがあるの?危険な目に遭っていたら、そんなこと言えないと思うよ」


「生まれたからずっと同じ場所にいて、どこへ行くこともできない辛さは、外の世界を知っているやつにはわからんさ」

 

「だったら出ていけばいいじゃないか」

 

「それができるなら苦労はないよ。出られないように閉じ込められて……って、なんでお前は外に出てるんだ」

 

 ハグはホロホロ鳥の囲いの出入り口を探した。そこもハグの飼育舎の扉と同じように、鍵がかかっていなかった。 

 

「開いているよ」

 

 ハグは鍵のかかっていない出入り口を開けた。


「えっ」

 

 ホロホロ鳥は目を丸くして驚く。

 

「ほら」

 

「これは気が付かなかったぜ。確かにチャンスではあるな」

 

 ホロホロ鳥はそう言うが、なかなか逃げ出そうとはしない。


「よし決めた。お前、人間を探しにくんだろ。俺もついていってやるよ。目的は違う、やることは一緒だ」


 ハグは、ホロホロ鳥のいったことがよく理解できなかったが、一緒についてくるということだけは理解した。

 

「よろしくな。俺の名前はポルカ。ホロホロ鳥のポルカだ」


「ポルカも本当は人間に戻ってきてもらいたいんだね」

 

「バカ言うな。お前は人間が見つけるために人間を探すんだろうが、おれは人間がいないことを確かめるために人間を探す。人間がいなくなったなら、俺がこの場所から離れる理由もないしな」

 

 こうしてホロホロ鳥のポルカが、人間を探す冒険に加わった。


 ● 正面ゲート

 

 二匹はホロホロ鳥の区画から少し北へ移動して、正面ゲートまで辿り着いた。


 正面ゲートにも人はいなかった。いつもなら多くの人が出入りをしていて、係の人がいるはずだが、その姿はなかった。お土産やぬいぐるみを売っている売店もあったが、お客さんも店員も誰一人いなかった。


「ここにも誰もいないね」

 

 ハグが残念そうにため息をついた。


 ハグは何か人間の形跡がないかを探して、辺りを見渡した。ハグの目に園内マップが映った。


 地図の左上には正面ゲートがあり。現在地を示す星が描かれている。左下にはシマウマやカバの絵が描かれていた。ハグやポルカがいた場所だ。

  

「ふーん。でも地図を見たって、人間の居場所が書いてあるわけじゃないからなー」


 ポルカは地図を見て言った。


「とりあえず、ゾウの絵が書いてある、動物園の反対側まで行ってみようよ」


 ハグが言う。ゾウの絵は地図の右上に描かれている。正面ゲートからゾウの絵の場所に行くことで、動物園を横断することになる。

 

 二匹はゾウの飼育舎を目指して動物園を横断することにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る