最終章『黒幕と真相』

第二十一話『忠誠の陽の蜂、月に舞う蝶』

 岐阜城を離れ、琵琶湖の東畔に新しく築いた安土あづち城へ発つ日――。


 家督を継ぎ岐阜城主となった信忠へ、信長は大切にしてきた愛刀 “星切ほしきり太刀たち”を贈る。

秘蔵の名刀は金銀を散りばめた太刀ごしらえが輝き、凛々しい信忠に良く映えた。


「なんとまぁ立派なお姿――。母の誇りにございます」

養母となり信忠を育て上げた帰蝶きちょうの瞳に、精悍な愛息が滲む。

帰蝶は美濃みの尾張おわりの統治を任された信忠の側近に、自身の弟 利治としはるを付けた。いとし子を託し、父 道三どうさんの代より繋がる想い出深い城を、信長と共に去るのだ。


 母子ははこの別れに胸を熱くした信長は、“初花はつはな”の銘を持つ肩衝茶入かたつきちゃいれを差し出す。


「“初花”の釉色ゆうしょくは、天下に先駆け一番に咲く名花を彷彿とさせ、茶入の肩が張る形状からは力強さを感じる。この茶入に適う男になれ。

人の一生はわずか五十年――。

浄土に比ぶれば夢幻のように短く儚きもの。俗世に生を受けたなら、全身全霊で生きよ! 理想を掲げ、信念をもって生きねば、死人と同じ。必死に生きてこそ、生涯は光を放つのじゃ」


「――」

どんぐりが実る円椎つぶらじいの木の下で、秀麗な庭師が誰にも届かぬ声を漏らし、幸福な親子の姿に羨望の眼差しを向けた――。


 ◇


 信長は朝廷より権大納言ごんだいなごん右近衛大将うこんえのだいしょうに任じられ、天下人である事を認められる。

是により、安土城を御所とし安土幕府を草創――。


 しかし、西国さいこく(中国地方)毛利もうり氏の元へ逃れた義昭が、備後びんご(広島東部)ともの港に築いた城でとも幕府を開き、征夷大将軍せいいたいしょうぐんを貫いた。

其の為信長は、令外官りょうげのかんである(新設の官職)鎮狄将軍ちんてきしょうぐんとならざるを得なかった。


『此の可成よしなり、信長様が天下人となられる日まで尽力する所存――』

可成よしなりの墓の前で天を仰ぐ信長の耳に、あの日の言の葉が舞い降りる。


可成よしなり……! わしは天下人となったぞ」


『信長様が天下人となられ、信忠様が御当主に――。誠に喜ばしく存じ奉り候!』と空が笑った気がして、信長も笑みを返し、そして……大いに泣いた。


 ◇


 墓参りを終え坂本城に呼ばれた信長は、憂悶のかげりを見せる光秀に身構える。


「毛利が義昭様の意向により、信長様に敵対を表明した事で、西国さいこくの大名や瀬戸内の海賊衆まで義昭を支持。

それに影響された織田家配下 黒井城主“丹波たんばの赤鬼”直正なおまさを筆頭に 、属国 丹波の(兵庫北東・京都中部)国衆くにしゅうが相次ぎ離反。

直正は隣国・但馬たじま(兵庫北部)まで武威を振るい、武田や毛利とも密に連絡を取り合っております。

毛利を攻め落とす為にも、京と西国に隣接する丹波の平定は肝要かと」


「であるか――」

信長は新たな争いの火種に一呼吸置き告げる。

すれば丹波を攻めねばならぬな、光秀――!」


 ◇


 ―1575年―

 本願寺 顕如けんにょによる度重なる一向一揆の鎮圧に奔走し、見送られてきた丹波たんばへの出陣だったが、紅葉が錦のように色鮮やかな秋、光秀はようやく準備に取り掛かる。


 近臣の伝五でんご左馬助さまのすけ利三としみつが坂本城に集まり、策が練られた。


「丹波には大きな大名はおらんが、小さな豪族が乱立し連合を組んでおる。しかも山が多く大軍が動かしにくい地形ですぞ」

冷静沈着で状況把握に優れている利三としみつが厳しい表情を見せる。


「まずは“丹波の赤鬼”直正の黒井城を攻めてはどうじゃろう」と左馬助さまのすけが提案。

彼は旺盛な好奇心で挑戦に積極的なのは良いが、興味を持つと試さずにはいられない気性が災いする事も多い。

其れを知る伝五でんごの胸は騒いだが、調和を重んじる余り口をつぐんだ。


 ◇


 ―1576年―

 雪化粧した猪ノ口山周辺に十余の陣を築き、光秀軍は城山を包囲。

「黒井城の兵糧は春まで持たぬであろう」と左馬助さまのすけが笑顔を見せた直後、背後から荒々しい地鳴りが響く。

「馬……?」


「敵襲――!!」

楽観していた陣中は、蜂の巣をつついたような騒擾そうじょうに見舞われる。

信長の朱印状により城攻めに加わっていた丹波篠山たんばささやま 八上やかみ城の城主 波多野はたのの軍勢が突如謀反を起こしたのだ。


「全軍撤退!!」

光秀軍は坂本城への退却を余儀なくされた――。





“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。

この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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