第十四話『金粉に塗れ雨蛙』

「知っておられたのですか! では何故なにゆえ知らぬふりを――」

激昂する光秀に、義昭は深々と頭を下げる。


「私は晴門はるかどが怖かった……。

それゆえ、止められなかった。光秀の命を粗末にする気は無かったが、相済まぬことでござったなぁ。

だがもう詮索するのはやめておけ。

彼奴あやつは幕府一の人脈を持ち、兄の臣下であった折から、兄を殺した三好とも深く通じておったそう。晴門はるかど政所執事まんどころのしつじになれたのは兄と三好の力があってこそだと。

だから……、いつも考えるのじゃ。

兄が殺された時、晴門はるかどはどちらに付いていたのだろうかと。あの時、私を助けた意図はと……。

詰まる所、幕府の財政を握り将軍の世話係も兼ねる政所執事まんどころのしつじという立場に、奴は居たかっただけなのかも知れんがの――。考えれば考える程に分からぬ。

あぁーっ、もう、嫌になるわい!!

……私は、頭の良い奴が怖い。…………。

信長も――、光秀、お前も……!」


 怯えた目をし哀訴する義昭を、光秀は蔑み……呆れ果てた。


「なんと……。怖かったなどという理由で、晴門はるかどの謀事を見て見ぬ振りされるとは。信長様への御恩をお忘れになりましたか! 義昭様が上洛し、この二条城で将軍として在る事ができますのは、どなたの御力があったからだと――。信長様は、命を落としかけられたのですぞ!」


「だが生きておる」


「――! 可成よしなり様はお亡くなりになった!!」


「だがそのおかげでお前は城持ちになれた」


たわけ――!! 仏の御心みこころをお忘れになったか!」

とうとう忍耐も臨界に達し、珍しく無礼な口を利く。此れには義昭も本音を露わにした。


「誰のせいじゃ! 誰のせいで私がこんなにもけがれた世界に引きり出されたと。私とて、こうはなりたくなかった……。権威や悪意が渦巻く世界にいきなり放り出された私の心が、お前に分かるか!?」


「いいえ、分かりませぬ」

地を這うような声で冷たく告げ、無作法にも義昭に背を向け立ち上がった。踏み鳴らす足音は早々と義昭から遠のいてゆく。


「光秀――――!!」


 ◇


 反信長を掲げる者を利用し、信長の権力失墜を調略していた城狐社鼠じょうこしゃそは、政所執事まんどころのしつじ 晴門はるかどだった――。


 晴門はるかどの行いに目を瞑り、止めようともしなかった義昭に大きく失望した光秀は、信長に何もかもを打ち明ける。


「やはり内から正さねばならぬか……」と呟いた数日後、信長は二条城へ出向いた。


 義昭は将軍然とした態度を崩し、信長に媚びへつらう。

「此れは此れは。私から謝罪に参ろうと思おておりましたが。此度こたびの事は弁解の言葉もありませぬ。ですが信長様の事は、誠に父上様のようにお慕い申し上げております」


「兄上の間違いであろう。まぁ良い。父のように敬うのであれば、晴門はるかどを解任し、山城やましろ(京都南部)貞興さだおき政所執事まんどころのしつじに立てよ」


「ですが貞興さだおきはまだ幼い……」


わしが後見を務める。それで良かろう」

信長の有無を言わさぬ気迫に義昭はたじろぎ、静かに頭を下げた。


 うして信長が政所執事代理となり、方が付いたかのように思えた夕暮れ――。

小雨降る城の内庭から、何やらブツブツと呟く声が聞こえる。不思議に思った藤孝が覗くと、冬眠前の蛙や虫を見つけては潰し、見つけては潰し、何匹も何匹も踏み殺していく義昭の姿があった。

奇怪な光景を目の当たりにした彼は、唖然として立ち尽くす。そして逃げるように其の場を後にした……。


✴︎次回、第三章『天翔ける魔王』に入ります。





“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。

この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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