第十一話『寛闊の代償』

 京への道を取り戻すため、浅井家へ反撃の狼煙を上げた信長は、義弟 長政が六角ろっかく氏防衛の拠点として築いた湖北こほくの横山城を包囲した。

そして威勢よく士気を鼓舞する――。


「横山城を取れば、京への道は繋がる!

長政の居城 小谷おだに城と横山城は、姉川あねがわを隔てた南北向かい山に位置。横山城を占拠し、長政の喉元に刃を突きつけるのじゃ! 

天下静謐せいひつ障碍しょうげとなるならば、たとえ眷顧けんこした義弟であっても取り除かねばならぬ――!!」


 信長の叫びに呼応し、勇む兵がときを作る。

すると物々しい喧囂けんごうに取り囲まれた横山城では、城兵の総身を諦観の戦慄が走るのだった。


 信長軍による横山城包囲の報せを受けた浅井軍は、青々と葦が生い茂る姉川北岸へ急行。

信長・家康軍は南岸へ布陣した。

しかしなぜか浅井軍は、睨み合ったまま動こうとしない。


「朝倉からの援軍はまだか――!」

長政は援軍の到着を待っているのだ。


「来ましたぞ!!」

だが待ち焦がれた援軍に、 “日和見ひよりみ主義”義景よしかげの姿は無かった……。


 大将不在の為かなり士気が低い朝倉軍は、家康軍の攻撃が始まるや否や敗走を始める。

慌てた浅井軍も其れに続き、呆気なく小谷城へ全軍撤退――。

信長軍が追撃を掛けると、横山城は呆気なく降伏した。


 ◇


「何故、浅井を討ち滅ぼさぬのですか!!」

いくさの興奮冷めやらぬ勝家が悪鬼あっきの形相でえる。しかし信長は静穏に告げた。

「横山城が手に入り、京への道は繋がった。家まで取り潰す必要はない」


「信長様は、裏切りに甘過ぎます……」

泣き出しそうな勝家に信長は、「お前が言えた義理か」と優しく笑った。


 気負けする勝家を下がらせ、信長が高声を上げる。

「浅井・朝倉の南進を防ぐべく、琵琶湖の南一帯に四名の勇将を城番として配置する――。

此度こたびの戦で勝ち取った、浅井との最接線 湖北こほく“横山城”。その城番として守備に付けるは秀吉! 

六角より奪った湖東ことう 観音寺城とその支城に中川!

東近江ひがしおうみ長光寺ちょうこうじ城に勝家!湖南こなん 永原ながはら城には佐久間! 以上だ。異論はないな?

そして大津 宇佐山うさやま城 城主 可成よしなり、湖東 佐和山さわやま城 城主 丹羽にわと力を合わせ、皆精進に励んでくれ」


 ◇


 ―二ヶ月後―

 向日葵が俯き始めた杪夏びょうか、又も三好氏が摂津せっつを取り戻す(兵庫南部・大阪北部)べく阿波あわから挙兵した。

信長は四万の軍勢を率い応戦。対する三好氏は阿波・讃岐さぬき・淡路(四国東部)の援軍が到着しても八千程度――。

さらに信長軍に二万兵が合流すると、威勢も虚しく自ら和平を申し込んできた。


 しかし度重なる紛擾ふんじょうに憤慨する信長は頑なに拒否。

「和平などと白々しい。三好にはいい加減うんざりしておる。徹底攻撃も辞さない」と強く主張した。


「最早勝利は確実です。一部の隊は戦線離脱を選択しても良いかと」

秀吉が手柄を独占しようと画策するほど、圧倒的勝利を確信した夜半――。

鐘のと共に襲いくる悪夢に、信長の兵はうなされる。

そして譫言うわごとのように呟いた。

「あの大軍……本願寺の僧兵……!」


 ◇


 本願寺法主 顕如けんにょの羽翼により、三好みよし氏は息を吹き返した。

軍の縮小も視野に入れ始めていた信長軍だが、結果摂津せっつに足止めとなる。


 斯して軍の主力が摂津へ投入されている裏、可成よしなりが守る宇佐山うさやま城に危険が迫っていた――。


「お市様付の間者かんじゃより報せです!」

可成よしなりに差し出された書状には、“あの日”信長が顔色を変えた“揚羽蝶紋”が印されている。

其れに気付いた可成よしなりは、ほとばしる寒慄を覚えた。


「これはまずい……。

浅井・朝倉が信長様の背を突くべく行動を開始との事! 直ちに勝家殿に報せを!

そして坂本の街を封鎖せよ――!!」






“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。

この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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