僕を愛して

おくとりょう

ただいま

 力いっぱい扉を閉めると、嵌め込みガラスがパリンと割れて、ベランダの窓がドドンっと揺れた。辺りがしんと静まり返って、僕の首がゴトンっと落ちた。

 いつものことだ。僕の首が落ちるのも、それで床が凹むのも。敷金のことは諦めた。

 転がる頭に渾身の蹴りを喰らわせた。まっすぐ跳んだ僕の頭は扉の向かいの窓にぶつかり、大きな音を立て床に落ちた。ガラスには太線みたいなひびが入って、転がる頭はスイカみたいに割れていた。

 どうせなら、ガラスの上で弾けて欲しかった。トマトみたいに。窓を染める鮮やかな赤が見たかった。

 不満を込めて踏み潰すと、足首も取れて、尻餅をつく。無いはずの口でため息もつく。僕の身体は『首』のつく部位はどこでも取れる。

 自棄糞になって、ぼんやり天井を眺めていると、左手の指に痛みが走った。見れば、昨夜取れた頭が歯を剥き出して噛みついていた。どうやら、まだ動けたらしい。

 昨夜の頭部は、口を開かせようとしても、ブンブン振り回しても取れなくて、余計に強く僕の指を噛んだ。それどころか、眉間にシワを寄せ、カッと目を見開き僕のことを威嚇してくる。自分だって、僕だったくせに。


 噛まれている指があまりに痛くて、無いはずの頭の奥がキーンとなる。僕は噛みつく頭の上に右手を置いて、ぐっと体重をかけて押さえ込んだ。ズンッという音とともに指の痛みが断ち切れて、血とともに別の痛みが溢れてくる。

 頭は指を食べれたのが嬉しそうに、ヒューヒュー音を立てピョコピョコ弾んだ。首の下には千切れた薬指と中指が血まみれで落ちていた。

 疲れた僕が乱暴に床に身を投げ出すと、頭はまた僕の方へと寄ってきた。それも何だか楽しそうに。踊るように。

 僕はついつい、頭を両手で抱えた。両頬に手を当てる持ち方はキスがしやすいなんて思いながら、天井に向かって持ち上げる。頭は僕の気持ちを察したように、神妙な顔で瞳を閉じた。……少し唇が飛び出している。僕はそーっと顔を近づける。無いはずの唇で口づけのふりをするつもりで。

 だけど、いつの間に頭が生えたのか。唇に何かが近づく感覚があって、僕はパッと目を開く。そこにはキス顔をした僕がいた。僕はゆっくり身体を起こし、振りかぶって投げつけた。今度はしっかり壁の染みになった。

 真っ白な壁を滴り落ちる赤い汁を眺めながら、指の欠けた左手にそっと口をつける。甘いスイカの味がした。僕はやっぱりトマトが好きだな。



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僕を愛して おくとりょう @n8osoeuta

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