第五章 ‐ Ⅴ
クレインとホノカが、遂にアルエットと対面する。驚きを隠せない様子のクレインと、アルエットを見据え刀を正眼に構えるホノカ。
「貴様がアルエットか。クローネに何の用だ?」
ホノカの声は普段よりも低く、威圧的だ。ただ、アルエットは怯む素振りすら見せない。
「用も何も、一緒に家へ帰りましょうと説得しているだけですわ。それなのにこの子、こんなに震えて。貴女たちに捕らわれていたのが余程怖かったのかしら」
「ッ……貴様、本気で言っているのか?」
「ええ、もちろん。クローネは、私の可愛いクローネですもの」
アルエットの視線が再びクローネへと向く。追い詰められたクローネは、明らかにアルエットに対し敵意を剥き出しにしている。この様子を目の当たりにしてもまだ彼女の怯えが僕らのせいだと断言できるアルエットに、どこからその自信が湧くのだと疑問が募る。
「さあクローネ、私たちの家に帰りましょう? コルネイユお姉様も待っていますわ。また三人で仲良く暮らしましょう?」
フローリングを一歩ずつ進むアルエットと、より身体を縮ませて己の身を守ろうとするクローネ。そんなふたりに介入しようと動いたのはホノカだった。
「やめろッ! クローネは貴様たちに対して怯えていた。無理に彼女を連れていこうとするのなら、ここで斬り伏せるぞ!」
「ふふ、怖いお顔。お姉様から聞いていた聡明な生徒会長様とは大違いですわ。思ったより単細胞ですのね」
「く、ッ……貴様――!」
ホノカはアルエットの掌の上で踊らされている様子だった。ただ、アルエットへ向け刃を振るうその瞬間を、見計らっているようにも思えた。
「この場でヴァリアヴル・ウェポンを振るったら、クローネまで傷付けてしまう。そうお考えなのでしょう、ホノカさん。その判断は正解ですが、現状の打開策にはならなそうですわね。さ、クローネ」
手を伸ばせば届きそうな距離まで、アルエットがクローネへ接近する。
「い、いや……っ」
「貴女はそのまま、私に呑まれてしまうだけで……過去の自分を顧みて、夢の中を漂っていればいいのですわ。さあ、おやすみなさいませ」
クローネに対して広げられた掌。ほんの一瞬だけ不思議な光が放たれたかと思うと、クローネの灰色の瞳がカッと見開かれる。
「……! あ、ぁッ――」
そのままカクンと膝を突いたクローネは、壁に凭れ掛かるように意識を失った。アルエットがクローネに何をしたのか、先程僕が見たクレインの幻覚のようなものと重ねて、疑問符が浮かぶ。
「クローネっ!」
「もう何をしようとも遅いですわ。帰りますわよ、クローネ」
不敵に笑うアルエットが窓を開くと、冷たい風が部屋へ吹き込んできた。そんな中、再び目を見開いたクローネ。膝を立てて、フラフラとした足取りでその場に立ち上がり、僕たちを一瞥する。だが、その瞳は初めて会った夜と同じ、精気のないものだった。
僕たちが静止する術もなく、またホノカが武器を振るう時間もなく、アルエットとクローネは放たれた窓から姿を消す。その様子を、呆然と見ていることしかできなかった。
「全部僕のせいだ……本当にごめん!」
アルエットがクローネを伴って家の窓から逃亡した後。リビングへ移動し今後のことについて話す前に、僕は深々と頭を下げた。
「タカト、君が気に病む必要はない。相手はそれこそ得体の知れない連中だ。どんな手段を使ってくるか分からない以上、君の命がこうして無事だっただけでもよかった」
コーヒーを淹れてくれたホノカはいつも通りの微笑みを浮かべてくれているが、そんな彼女とは対照的にソファに座り足を組んだクレインはジッと僕の方を覗っている。
「いつだったかしら。私とホノカが荷物運びを頼まれて、校門で待ち合わせたタカトが妙に浮足立っていたのは。私の感が正しければだけれど……あなた、もしかしてアルエットと会っていたの?」
クレインには全てお見通しのようだった。彼女の感は大正解で、反論の余地もない。
「……! ッ、うん。クレインの言う通りだ。アルエットと会うのは、これが初めてじゃないよ」
「なら、そのときに何か口封じをされたのかしら? それとも、私たちには言えない弱みを握られたとか? いずれにせよ、教えて貰わないことには――」
「クレイン」
熱が入った言葉を制するように、ホノカがクレインの肩に手を置いた。
「お前の気持ちは分かるが、タカトだってきっと複雑な心境だ。もう起こってしまったことは変えられない。今後、どうやってクローネを奪還するかを考えた方がまだ建設的だと思わないか?」
「ん、それは、そうだけど……」
少しだけ前のめりになっていたクレインが、その背中を背凭れに預ける。この時点で、僕はコルネイユ先生やアルエットと手を組んでいると疑われても仕方のない状況なのだ。クレインが僕を問い正したい気持ちは理解してもし切れない。
「ごめん、クレイン。アルエットとどんなことを話したのかは、話せるときに話すよ」
「タカトがそう言うのなら……信じるわ。その代わり、絶対教えなさい。ホノカやササコ先輩に言い難くても、私だけには」
言い切ると、クレインは腕を組んで肩を竦めた。あの事実をクレインに話したら、彼女はいったいどんな反応をするだろう。約束した以上考えるべくもないが、本音ではやはり憚られる。
「クレインだけではなく私にも話してくれると助かるがな。まあいい。たった今、ふと考え付いたんだが――」
ソファに腰掛けつつ何かを思案する仕草を見せたホノカ。その口から、彼女にしては大胆過ぎる発言が飛び出した。
「――コルネイユ先生を尾行して奴らが住処にしている家を見つけ、強行突破するのはどうだろうか?」
僕はその作戦を聞いて、何秒か思考が停止してしまった。それは恐らく、傍らのクレインも同様だろう。ただ、我を取り戻したクレインはすぐに口を開いた。
「なッ……それ、本気なの?」
「ああ。通常の執行兵であれば、クレインや私の武器を使ってコンタクトが取れるはずだ。しかし、クローネは武器の扱いすら慣れていない。彼女が武器を顕現させたのはアルエットに操られていた際だけだ。このままでは連絡を取り合うことは難しいだろう」
一応、話の筋は通っているだろうか。要はコルネイユ先生とアルエットが住んでいる家を原始的な方法で探し出し、そこに囚われているであろうクローネを奪還する。あまりにも単純な話だが、他に選択肢があるかと言われると微妙なところだ。
「とは言っても、あの片眼鏡が簡単に尾行を許すかしら」
「そこはやってみないと分からない部分だろうな。さすがに堂々と尾けるわけにはいかないだろうから、ある程度は隠れていくことになるだろうな。私としては真っ向から対峙したいところだが……それは、彼女たちの住処を暴いてからでも遅くはないはずだ」
「あなたらしからぬ作戦だけど、私は賛成。片眼鏡とアルエットを倒して、クローネを取り戻す。いいじゃない、シンプルで。タカトは?」
クレインも僕と同じ感想を抱いた様子だ。確かにホノカが考え付くような作戦ではない。彼女ならば正々堂々立ち向かうか、尾行をするにしても綿密に計画を練るはず。ただ、あのクローネの様子を見ると、一刻を争う事態なのもまた事実だろう。僕は頷く。
「もちろん行くよ。こんな状況になったのは、元はと言えば僕のせいだ。役に立つかは分からないけど、僕もクローネを助けたい」
「ああ、決まりだな。では明日の放課後に決行しよう。放課後に生徒会の仕事ができないから、朝に回すぞ。明日はいつもより一時間ほど早く迎えに行くからな」
「ええ……朝早いのは勘弁よ。とはいえ仕方がないわね」
早くも弱音を吐いてしまうクレインに、ホノカと僕は思わず苦笑してしまった。
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