Namuh
チョロフォニオ
第1章 プロローグ:反人類生物ナムゥの躍進
第1話「フィーグ爆弾テロ事件」
ここはインノウ国の大都市フィーグ。ここで突如として爆弾テロ事件が起こった。
この爆弾テロ事件の犯人はたった一人の男。
大量に爆薬を所持していたその男は一人で、無言に無感情にフィーグの至るところで起爆させていき、フィーグ全体を混乱の渦に巻き込んでいった。
爆破行為を一向にやめる気配のない男の状況を鑑みて、インノウ国の警察は直ちに避難勧告を発令し、その都市から住人は一人残らず消えた。
そして、まだ体中に爆弾を隠し持っていると思われる男に対して警察はバリケードを展開し、最終的には何百人もの武装隊が一人の男を取り囲む事態まで発展した。
その武装隊の中から一際頭の抜きん出た大男が前に出て、その爆弾魔と対峙する。
爆弾魔の身長が約170cmなのに対して、大男は2mを超えている。
その大男こそが、元犯罪者から今では警察の武装総隊長を担うまでとなった男、通称豪傑のゴローである。
「おい!爆発屋さんよぉ。急に破壊衝動がこみ上げてきたか知らねぇがよぉ。これ以上爆弾ぶっ放しても捕まんのは時間の問題だ。これ以上自分本位のクソみてぇな出来心で人様に迷惑かけんじゃぁねぇよぉ。おめぇも色んな人のおかげでそうやって立派に育ってきたんだろぉ?さっさと自首した方が身のためだぜぇ。俺でも昔はだいぶ悪さしたもんだが、今では警察んとこの隊長やらせてもらうまでになった。だから今でも遅くはねぇ。それでも聞かねぇってなら、こっちもさすがに武力を行使する必要が出てくるなぁ。できるだけ、んなことはしたくはねぇけどよぉ」
爆弾魔に忠告を送ったゴローは肩に担いでいた大刀を構え、男に向ける。
それを聞いた爆弾魔は、表情は変わらぬまま閉ざしていたその口をようやく開ける。
「貴様がどこの誰であるかは知らんが、知ったような口を利くのだな。的外れにも程がある。我は自首などしない。する義理もない。我は一時の出来心でこんな行為に至っているわけではない。これはずっと望んできたことだ。道路を爆発させたことも、建造物を破壊したことも、それによってここら一帯の社会的機能が停止することも、それによってこの国全体の社会が乱れることも、我としては本望だ」
男の言葉を聞いてゴローは戦慄する。正気とは思えないその台詞を正論でも口にしているかのようなまっすぐな目で語っているからである。
「つまり、おめぇは自首するつもりもなけりゃぁ、罪を認める気もさらさらねぇってことかぁ?そいつは、正気の沙汰とは思えんなぁ。こんだけ武装隊に囲まれて両手も挙げねぇとはなぁ。そうまでしておめぇが望むもんってのは何だぁ?おめぇの目的ってのは一体何なんだ?」
「目的か。目的と呼ぶべきかは定かではないが、理由を挙げるとすれば、楽しいからだ。我が一人で火薬に火をつけ、爆発させただけでこの有様だ。人間という生き物は弱い。たったこれしきのことで大勢が取り乱し、騒ぎ立てる。我はそれがこの上なく滑稽で仕方がない。ただそれだけのことだ」
爆弾魔は依然として表情を変えぬままにゴローの問いに答える。
爆弾魔の返答を聞いてゴローは確信した。
こいつは正真正銘の、救いようのない絶対悪だ。人間としての思想に反する人間社会における完全なる危険因子だ。こいつは今ここで消すべきだ。粛正すべきだ。そんな使命感がゴローの頭を覆い、ゴローはやがて刀を握る手に力をこめる。
「本来なら、相手がどんなクズだろうとよぉ、この刀を振るつもりはねぇけどよぉ。おめぇだけは、どうやら例外みてぇだな!おめぇはこの社会にとって害悪以外の何者でもねぇ!初めて会ったぜぇ!消さなきゃならねぇって真っ先に直感した人間に出会ったのはよぉ!」
ゴローは激情のまま思いっきり爆弾魔の胴体を大刀でぶった切った。
血しぶきを上げながら切られた上半身は地面に落下し、下半身だけが仁王立ちしていた。
周囲の隊員には二人の会話が聞こえず、交渉の末、総隊長が問答無用で爆弾魔を切りつけるその光景を目の当たりにして、その場に衝撃が走る。
だが次の瞬間、さらなる衝撃が走る。
「人間という生き物は相手に敵意を示すと、すぐにそうやって淘汰しようとするのだな」
聞こえたのは、切られたはずの爆弾魔の声だった。
「し、信じらんねぇ」
ゴローは目を見張り、思わず声を漏らしていた。
「人間はなぜそこまで脆弱なのか。それは、死ぬからだ。人間は発達したその脳を使って、いかに効率的に死から逃れるか、生存をしていくかを模索していった結果、人間同士が集まって社会を形成した。それはすなわち、他の力なしには生きていけないような貧弱な生物に成り代わったというわけだ。そんな弱き生き物でありながら、人間が世界の生物の頂点に君臨しているという矛盾。我はそれが腹立たしい」
そんなことを口ずさみながら、落下した胴体は蒸発していき、それと同時に立ったままの下半身から上半身が生え始めたのである。
「再生……能力!?」
やがて男の全身は切られる前の状態に戻る。ゴローにはその現象ばかりに目がいき、男の言葉など耳に入っていなかった。
「我は昔、賢者と名乗る男と出会い、賢者はこう告げた。この地球上に誕生するあらゆる生命のうち、10の16乗分の1の確率で、つまり、1京個体に1体だけ、その生命にこの世の理を超越した超能力が与えられる、と」
「はぁ?何だぁ、そりゃぁ。自分は神より選ばれし人間だとでも言いてぇのか?ふざけんのも大概にしやがれ!」
「受け入れがたいか。どうやら、人理を超えた物事を前にすれば、ことごとく敵意を示してしまうようだな、人間という生き物は。受け入れがたいのなら思う存分試してみるといい」
爆弾魔の挑発にゴローはついに憤怒し、冷静さを失っていた。
「どこまでもふざけた野郎だなぁ!じゃぁ思う存分試させてもらおうかぁ!超能力ってやつをよぉ!」
ゴローは、今度は爆弾魔の首をはねる。
再び血しぶきを上げて爆弾魔の顔だけが落下する。
だが、再び爆弾魔の顔は再生する。
それを見て、ゴローは立て続けに大刀で爆弾魔の全身を細かく切り刻む。数百kgはある大刀でものの数秒。とんでもない速さである。
だが、三度爆弾魔の全身は元通りになる。
一度も攻撃を行っていない爆弾魔が涼しい顔をしているのに対して、ゴローは大刀を振り回したことにより少し息が上がっている。
「もうこれで充分に分かったろう。貴様では我を殺すことはできん」
冷静さを保つ爆弾魔にゴローの怒りは募る一方だった。
「あくまで、おめぇからは仕掛けねぇってか?つくづく癇に障る野郎だなぁ。にわかには信じらんねぇが、おめぇが再生能力を持ってるってことを一旦認めることにしよう。その上でその能力は俺の刀と相性が悪いと見た。今からおめぇを本気で殺しにかかる」
ゴローは肩につけた通信機で連絡を取り始める。
「砲撃隊!応答しろ!砲撃隊!」
ゴローからの通信に砲撃隊長が応答し、ゴローから指示が下る。
「今から俺の合図で目標を一斉砲撃しろ!」
「目標って、あの男をですか?」
「そいつ以外に誰がいるってんだぁ?」
「ですが、人を撃つというのは……」
「おめぇ見てたろ?奴の再生能力をよぉ!奴はもはや人間じゃねぇ!野放しにしてりゃぁどんな危害が及ぶか分かったもんじゃねぇ!ここで何が何でも消す!いいな!」
「しょ、承知しました」
「俺がやめっつぅまで砲撃し続けろ!早速いくぞ!3……2……1……砲撃!」
ゴローの合図により、四方八方から大砲による砲弾が男に向けて発射され、男は被弾する。
被弾し続けること約数分、その数は約百発。再生をするのであれば、その再生をする暇を与えないほどの攻撃を浴びせ、細胞という細胞を焼き尽くすまで。その考えに至ったゴローはこの策に打って出たのである。
「やめ!」
ゴローの合図で砲撃がようやく止まる。
一帯は爆煙に包まれ、中の様子はまだ見られない。
ゴローはさすがに消したと勝ち誇った面持ちで爆煙の消えゆく様を見守る。
だが、その時だった。
「斬撃を諦めて砲撃に移行するとは思いの外、素直なのだな」
その声を聞いてゴローは耳を疑う。
「まさか……あり得ねぇ」
なんと爆煙から爆弾魔が姿を現したのである。
男は元の姿のまま、そこに立っていたのだ。
「焼却してしまえば、再生も何もないと考えたのだろうが、無駄なことだったな。我は原子さえあれば、どんな状況であろうと再生ができる。原子とは万物を構成する最小単位であり、例え我が身が燃やし尽くされようとも、それは気体や別の物質として残存するだけだ。原子が消えることはない。したがって、我はそれら原子をかき集めて我本体を再構築したのだ。念のため付け加えておくが、昔出会った賢者から再生の回数制限や、それを破壊されれば連動して我本体も消滅するコアというものの存在について言及されたが、我の能力には回数制限もコアも存在しない。いくら策を弄しようとも、時間をかけようとも、我を殺すことは不可能だ」
「わざわざ自分の能力を事細かに説明してくれるたぁ、相当な自信の表れだなぁ、おい」
肯定しがたい爆弾魔の言葉の数々に信じがたいゴローだったが、実際に殺す手段が思い当たらないことも事実だった。
「まぁ、確かにおめぇも殺せねぇことは認めざるを得ねぇかもなぁ。だが、どの道おめぇをここにいつまでも居座らせるわけにはいかねぇんでなぁ。最終手段だ!」
ゴローが豪語したとき、爆弾魔の体に異変が生じる。
「今日のところはこれで退くとしよう。もう充分な余興になった。またどこかで会う日が来るだろう。さらばだ」
その男の姿にゴローを含め、武装隊全員が唖然としていた。なんと爆弾魔の背中から着ていた服を突き破って突然羽が生え、上半身が裸になった爆弾魔は別れを告げながら羽を羽ばたかせて上空へと飛翔しはじめたのである。
「お、おめ……空を……待ちやがれ!」
だんだんと人間味をなくしていく爆弾魔にゴローは驚愕するばかりだった。
言葉で呼び止めようとするゴローを尻目に爆弾魔は徐々に高度を上げ、目にも止まらぬ速さで飛び去っていった。
突如として現れた爆弾魔とそれによる騒動。
多くの人に被害を及ぼした男が再生の能力を持ち、背中から羽を生やして鳥のように飛び立ったという事実とその犯人を警察が取り逃がしたという事実。
ゴローからの報告によってその情報を得た政府は議論の末、警察の失態と共に、その爆弾魔の真実について世間に情報を公開することを決めた。
こうして、その爆弾魔は事件後、瞬く間に世間に知れ渡ることになる。
人の姿をしているのにもかかわらず、人間とはあまりにもかけ離れた能力や身体機能を持ったその男に恐怖を示す者もいれば、興味を示す者もいた。この騒動に乗じて、メディアは連日その男に関する特集ばかりを組み始め、国内だけに留まらず、世界中が男の問題を巡って異様な盛り上がりを見せた。
あるメディアはその男を人間に反した存在として人間の意味を持つ「human」を逆さから読んだ「Namuh(ナムゥ)」と称したことがきっかけで、その男の名称は「ナムゥ」として世の中に認識されるようになった。
一方、事件があったその日、空を飛ぶナムゥはその高度を下げていき、太い木の枝に足を置いて休憩を取る。
羽を使って飛ぶのにもエネルギーを消費し、しかも今回は逃げる際に急激にスピードを上げてしまったため、持久走で序盤にペースアップした時のように息が上がっている。
息を整えた後、深く息を吸う。
そして……。
「ぬあーーー!!!」
ナムゥは全身を押さえて叫んだ。
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