第23話 ミレイユの実験
買い物を終えた俺たちは街の外に出た。
魔導書に見惚れてニヤニヤしているミレイユから何とかダンジョンの場所を聞き出し、いつも通りジッパーを出現させた。すると、さっきからずっと魔導書ばかり見ていたミレイユの注意がジッパーに向き、驚いた様子を見せた。
「死神の時空間魔法!」
「そんなに珍しいのか?」
「当たり前です!」
ミレイユはえらく感動しているようで、ジッパーを隅から隅まで観察して、ひとりでぶつぶつ呟いている。
「……早くいかないか?」
「ちょっと待ってください!」
なかなか入らないミレイユにリヴィは呆れているかと思ったが、多少は付き合いのある俺には、彼女がまんざらでもないのが何となくわかった。
ようやく満足したらしいミレイユと三人でジッパーで移動した。
次に目にした景色は、標高の高い山の上から眺める大自然だった。大自然といっても緑が生い茂っているわけではなく、寂れた岩が苔むしていて、月明かりに照らされている雰囲気が神秘的に感じられた。
「時空間魔法は本当にすごいです……私たちがここまで登ってくるのに、どれだけ苦労をしたことか」
ミレイユはかなり興奮しているようで、ずっとしゃべり続けていた。
「死神族のひとと一緒に冒険しているなんて、いまだに信じられません!」
俺もリヴィもそこまで話すほうではないから、これだけ賑やかにダンジョンへ向かうという事に多少の違和感があった。
「その赤い目だって、正直、最初は色彩魔法を使っているのかと思いました。でもまさか正真正銘、本物の死神だったなんて!」
ダンジョンの入り口である扉へ向かう道中、リヴィが使う闇の魔法というのがとてもレアな魔法で、死神の一族が代々引き継ぐもの、ということを教わった。
闇魔法の特徴は圧倒的な破壊力だが、まわりを巻きこんでしまうのが難点。
そして難点はもうひとつ。闇魔法を使う際、魔力意外に、捧げなければならないものがある。それは使用する魔法によって違うが、例えば血液は、闇魔法を使う際に多く用いられる代償のひとつとのこと。
そのことを知らなかった俺は驚きを隠せなかった。
「視力を一時的に失うっていう以外にも、そんなリスクがあったのか……」
「心配する必要はないわ。もう慣れているから」
「……もしかして、俺を回復させてくれた魔法も、何かリスクがあったのか?」
「あれは回復魔法じゃないわ。ただダメージを私に移しただけ」
「なっ……。なんで、そんなことを?」
「あなたには万全の状態で臨んでほしいから」
「……」
万全な状態で臨んでほしいから? それだけ?
平然と言ってのけるリヴィが、俺には理解できなかった。
「リヴィさん、学校はどこの出身ですか? もちろん主席だったとは思いますが」
好奇心が旺盛なのか、ミレイユは絶えずリヴィに質問をぶつけていた。
「学校へは行っていないの。勉強は家庭教師が見てくれていたから」
「なるほど。それで、これほどの実力を持ちながらも、リヴィさんの名前は聞いたことがなかったんですね」
ミレイユが矢継ぎ早に質問をするのに対して嫌な顔ひとつせず淡々と応えていくリヴィ。それを聞いて、俺もリヴィや魔法のことについて少しだけ詳しくなれたのは良かった。
そうこうしているうちに、ダンジョンに到着した。事前情報のとおり、魔法によって造られた巨石の隙間から覗くその色は深い緑色をしていた。
「私、すごくワクワクしてます! 死神の戦いをこの目で見られるのだけでもすごいのに、冒険者じゃないひととダンジョンにきてるなんて。おまけにロゼルバの書まで……っ!」
「はは……」
冒険者じゃない人、と発言したミレイユに悪意はなさそうだが、冒険者ぶって気持ちよくなっていた俺は複雑な心境になった。
「ソウタさん!」
「な、なに?」
「いくつか試したい実験があるんです! 付き合ってもらえませんか?」
このひと、大切な落し物を取りにきたっていうのに、のんきに実験?
「まぁ、危なくないやつなら……」
なんだか掴めない依頼主にとまどいながらも、扉をあけようとするとその本人から制止を受けた。
「待ってください。ソウタさんは、とても珍しい穴掘りスキルを使えるんですよね」
「ああ、まぁ」
「扉から入らず、地中からダンジョンへ侵入してみましょう!」
「……なんで?」
「これだけで論文が書けます!」
当たり前でしょう、といわんばかりに語気を強めたミレイユだったが、何一つ共感することはできなかった。
何が彼女をそこまで動かすのか、俺にはさっぱりわからなかったが、彼女も一応は依頼主だ。ここで断ったらチームランドウの評判が悪くなるかもしれない。リヴィのほうを一瞥すると、そこまで否定的ではなかったので俺は承諾した。
扉の下をくぐるように穴を掘って、ダンジョンへ入った。が、ダンジョンの地面をツルハシで消し去った瞬間、大量の砂が降ってきた。
「うわっ! ぺっ、口に入った!」
運良く目に入ることはなかったが、サラサラの砂を頭からかぶったことでバカげた実験に付き合ったことを後悔をした。
文句のひとつでも言ってやろうと決意したところに、サファイアのような色をした大きなサソリが迫ってきた。
声にならない悲鳴をあげ、掘ってきた穴を爆速で戻った。その勢いが強すぎて穴から空中に飛び出してしまった。
「なにがあったの?」
「モ、モンスター!」
俺が指さすほうを見るふたりの視界も、例のサソリを捉えた。サソリは一匹だけではなかったようで、次から次へと溢れ出てきた。
「すこし下がっていてくれるかしら?」
「はい!」
ミレイユは俺を連れて引きさがりバリアを張った。
リヴィは鎌の先端に指を突き刺し、血を一滴、地面にたらした。
するとすでに展開されていた魔法陣が紫色に光り、頭が三つある巨大な犬が出現した。
「魔界の門番、ケルベロス……!」
ミレイユの言葉に応えるように、ケルベロスは空に向かって咆哮した。俺とミレイユは驚いて思わず縮こまってしまった。
ケルベロスは獰猛な爪と牙をもってサソリを食い散らかした。
「確か、ケルベロスの好物のひとつはサソリだったはず……なるほど、ふむふむ」
ひとりでぶつぶつ呟いているミレイユの横で、そのすさまじい光景に言葉を失っていると、サソリを食べ終えたケルベロスが、あろうことか俺たちのほうに向かってきた。
「ひっ!」
「きゃっ」
リヴィがケルベロスの首輪についた鎖を引っ張って俺たちには届かないようにしてくれたのはわかったが、あまりの迫力に気圧されて尻もちをついてしまった。
ミレイユは俺にしがみつこうとしたのかわからないが、彼女も俺のうえに覆いかぶさるように倒れてしまい、危うくお互いの鼻がくっつくところだった。
「す、すみませんっ!」
「い、いや……だいじょうぶ……」
「あっ、帽子が……」
強い風が吹いたことで、転んだ拍子に落ちた三角帽子が風で遠くに行きそうになったのがミレイユの視線でわかった。
慌てて俺のうえから降りて、帽子を拾い上げに行くミレイユ。頭側に落ちた帽子を拾いにいったものだから、俺の頭をまたいだ形になった。自然、上を向いていた俺は隠されし布を見ることになってしまった。
急いで視線をズラしたが……ば、バレたか? いや、大丈夫そうだ。
咳払いをしつつバツ悪く立ち上がると、いつの間にかケルベロスはいなくなっていた。
代わりに立っていたのは、じっとこちらを見るリヴィ。
「……?」
リヴィのあの目、確か前にもどこかで……。
あ、そうだ! 俺がリヴィの足元から頭をのぞかせた直後だ。
「リヴ――」
リヴィはダンジョンのほうに向き直ると、俺が掘った穴を黒い波動を飛ばして轟音と共に塞いだ。
「ダンジョンの扉にはモンスターが外に出ないような仕組みがあるのか……。それを無視して外部から入ると、モンスターが外の世界へ出てしまう……ふむ、興味深い」
「あの、もう勘弁してもらっていいっすか」
「いやいや、もうちょっとだけ付き合ってください! 次は、こんな危険なことにはなりませんから!」
「えぇ……」
当初の予定通り、入口を塞いでいる岩魔法を穴掘りスキルで壊し、改めてダンジョン攻略をスタートさせた。
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