第3話 子猫

「ふぅ~」

 やっと一キロの上りが終わり、自宅のアパートの近くまで来た時だった。

 にゃ~

「ん?」 

 にゃ~

 何か鳴き声がする。

「気のせいか」

 雨脚がさらに強くなり、雨が激しく傘を叩きつけていた。私は再び歩き出す。

 にゃ~

「ん?」

 やっぱり何か鳴き声がする。私は周囲を見回す。

 にゃ~

「あっ」

 子猫だった。公園脇の植え込みの間に、茶トラの子猫が濡れた段ボールの中で一匹、ずぶ濡れになっていた。

「にゃ~」

 子猫は私に何かを訴えかけるように見つめてくる。

「ううっ、かわいいけど、でも、私にあなたを養うことはできないのよ」

「にゃ~」

 その小さな体が、雨でさらに小さくなっている。

「私にはお金がないの。ごめんね」

「にゃ~」

「それに私は犬派なのよね」

「にゃ~」

 子猫はずぶ濡れのまま鳴き続ける。あまりにかわいそ過ぎるシュチュエーションだった。

 でも、今の私に猫を養う経済力などない。自分一人すら養えないのだ。しかも、私の住むアパートはペット禁止だった。この状況でアパートを追い出されたら、私は確実にホームレスだった。

「ごめんね」

 私は、足に重い足枷、心に杭を打ち込まれるような思いでその場を去った。

 しかし、部屋に帰っても、子猫のことが気になってしょうがない。あのずぶ濡れの姿が、脳裏に焼きついて離れない。

 ピーポーピーポー

 そこにどこからともなく救急車のサイレンの音が聞こえてくる。その音に触発されて、あの子猫が車に轢かれる姿が浮かぶ。

「やっぱり」

 私は立ち上がった。

 私はアパートを出ると、子猫のいた近所の公園まで傘もささず走った。

「あっ、いない」

 子猫はいなくなっていた。

「・・・」

 呆然とする私に土砂降りの雨が容赦なく降りかかる。

 私はとぼとぼとまたもと来た道を歩き始めた。

「あの子・・」

 あの時なんで拾ってあげなかったんだろう。自分を責めた。

「私はやっぱりダメな人間だ・・」

 どうしようもないダメな人間だ。なんで、まともに仕事もできないんだろう。なんで人並みに生きることができないんだろう。猫と関係ないことまで責め始める。

「ううっ」

 最近、私は自分を責めてばかりだ。

「ううっ」

 なんだか涙まで出てきた。

「うううっ」

 もうなんだか死んでしまいたかった。私の大っ嫌いな雨が私の心の底まで真っ暗に濡らしてしまう。

「ん?」

 何か足元でもぞもぞする。

「んん?」

 私はふと足元を見た。

「あっ」

「にゃ~」

 あの子が私の足元にじゃれついていた。

「あああっ」

 私は、安堵とも喜びともつかない何とも奇妙な声を上げ、急いでしゃがみ込んだ。そして、その子を両手で抱え上げた。

「お前こんなとこにいたんだ」

「にゃ~」

 子猫はかわいく足をばたつかせながら、私の顔の前で心なしかうれしそうに鳴いた。その子は私の掌に収まってしまうくらい小さかった。

「・・・」

 私はその子猫を拾った。

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