歌は夜風に溶けていく
夜会は次の日も続いた。
「逞しくて素敵なニーナ様にお近づきになれて嬉しいですわ」
「お好きなものってなんですか?」
「あっ!ズルいわ。わたくしが先に聞こうと思ったのに!」
……なんだろう?なんか違う方向に人気が出てしまった感じがするのは気の所為だろうか?
「おやおや?スノーデン辺境伯夫人はずいぶん令嬢達に好まれてしまってるようだ。妬けないか?アデルバード?」
「……いえ、別に」
『陛下!?スノーデン辺境伯!?』
陛下とアデル様がいきなり令嬢達の輪に入ってきた。私も驚いて目を見開いた。狼狽える令嬢達。アデル様は無表情を崩さない。
「アデルバード自慢の妻を皆に紹介したいが、楽器演奏かなにかできるかね?」
陛下の申し出にアデル様の頬がピクリと動いた。楽器の練習はしていなかった!ど、どうしよう!
「陛下、妻は長旅で疲れています。急にこの場でいきなりというのは少し負担がかかるかと思うので、お断りしたい」
淡々とした声音でアデル様が私を庇い、陛下の要望を阻止した。陛下が残念な顔をした。楽器演奏は無理よね。セレナは楽器も得意だったけど、私はまだ触れたことがないから、指が動かない。あ!そうだわ。あれならば……。
「アデル様、私できますわ」
ニッコリ微笑む。アデル様に大丈夫ですと囁く。え?とアデル様が小さく言った。
「素敵な楽団の方々のお力もお貸しください……今夜は夜風が気持ちの良い日です。私のささやかなる余興をお楽しみ頂けると嬉しいですわ」
夜風を………と私はスッと窓を扇子で優雅に窓を開けるように指示をした。窓が開けられ心地よい夜風がそよそよと入ってきた。私は曲名を楽団に告げる。弾けると頷いた楽器の担当者が1人だけいた。笛の奏者にそれではと合図する。
私は扇子を胸に当てる。緊張はしていない。セレナの歌や楽器は人々を喜ばせ楽しませ、明るい気持ちにしてきた。私は孤児院の子供たちにいつも子守歌を聴かせてきた。大丈夫。これならできる。いつもどおり、皆に喜んでもらいたい気持ちを持って歌えば大丈夫!息を吸う。笛が奏でる音に合わせ、のせて、高く低く緩やかに声を出す。
星が煌めく夜には夜の風に吹かれ、愛しい人に会いに行きたくなる。……といった内容の歌を切なく時に優しく私の声は夜風に溶けていく。
会場で喋っていた人、食べたり飲んだりしていた人達の動きが止まり、視線がこちらを向いている。
静かな部屋に夜風が吹き抜け、私は最後の小節を歌い上げた。
シンと静まっていると思ったら、ワァ!と歓声が起こった。陛下が大きく拍手してくれている。
「素晴らしい歌声!古き歌をよく覚えている博識さ!アデルバード、良き妻を迎えたな……ん?どうした?」
陛下が隣りにいたアデル様を見て驚く。放心状態?ぼんやりとした表情をしている。ショックを受けているようにも見えた。
褒めてくれると思ったのに、アデル様は逆にフイッと背を向けて会場から出ていってしまったのだった。
私は何をしてしまったのか自分でもわからない。怒らせてしまったの?
取り残された私はわからないままだった。
その夜、寝室にもアデル様は帰ってこなかったのだった。
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