社交界の洗礼
夜会が開かれた。辺境伯アデルバード様の妻と紹介されていく。
華やかな色とりどりのドレス、テーブルの上には豪華な食事や甘いものにフルーツ。キラキラしたシャンデリア。大理石の床をクルクル回って音楽と共に踊る人達。
セレナ以来の光景。夜会に懐かしさを感じて目を細める。ここには、もうセレナの時の親しくしていた方たちはいないけれど、どこかにいそうなそんな気にさせてくれる。せつないような泣きたくなるような不思議な気持ちだった。
ぼんやりと夜会の光景を眺めていた私を心配してくれたのか、アデル様が小さな声で尋ねてきた。
「緊張していないか?」
「少しだけしていますが、大丈夫です」
そんなことを考えている時ではなかったわ。淑女になりきり、良い妻を演じられるだろうか?乗り切らないと!
挨拶を一通り終える。可愛らしい奥様だとか今度、家に招待したいとか……アデル様の傍にいて、微笑み、軽く話す程度のことだった。なんとなくうまくいってる気がする。
それが時間と共に場の空気がだんだん和んだものになってくると、アデル様は男性たちの所へ呼ばれ、話を始めた。
私は、突然一人になってしまった。
「あら?お一人ですか?少しお話してもよろしくて?」
「ええ。もちろんですわ」
私に声をかけてきたのは5人ほどのご令嬢達で、ズラッと並んでいる。どの令嬢も飾り立てていて、美しい。
「スノーデン辺境伯様をどうやって誘惑したかお聞きしたくて」
ゆ、誘惑……?
「噂の的でしてよ。あの冷たい月のように美しいスノーデン辺境伯様のお心を動かしたと」
むしろ動かす方法を教えてほしいです。
「なんでもラトリフ伯爵家の娘と言いますけれど、あんな落ち潰れてご老人が1人しかいないと家にいらしたんですか?」
そういう設定をアデル様が考えました。
「お金がなさそうですけれど、そのドレスもスノーデン辺境伯様に買って頂いたの?どんなおねだりしましたの?」
さすがに労働着だけじゃマズイよねって感じで買ってくれました。
クスクスと笑いさざめく。
いや、ちょっと待って、脳内ツッコミ入れてる場合じゃない!?これはもしや社交界の洗礼ってやつじゃないの!?
すごいわ!新鮮だわ!セレナ王女の時は美しいとか敵いませんわとかチヤホヤされていた。これが噂に聞くマウントの取り合い?え?ちょっと違う?いじめ?他の令嬢がされていたのを助けたことはあっても自分がされたことはなかったもの!
「なんですの?楽しそうな顔をされてますけど?」
私はハッ!とした。つい……ワクワクしちゃった。
「いいえ。なんでもありませんわ。私に興味があるようで、光栄ですわ。1人になってしまい、どなたか話しかけてくださらないかしらと思っていたところでしたの」
フワリと私が柔らかく笑いかけると、ご令嬢方が一瞬怯んだ。セレナの微笑みは完璧だった。相手を自分の雰囲気の世界に惹き込むような……外見が美しいだけではない。彼女はその身につけている仕草もすべて洗練されていた。必殺『セレナの微笑み』を受けた彼女らは少し気勢を削がれた。
「わたくし達は聞いているのですわ!スノーデン辺境伯様をどうやって……」
頬に手をやり私は首を少しだけ傾げてせつない表情を作る。その角度も完璧。必殺『セレナの憂い』。この数々の表情を意識せずにしていたセレナは本当に生粋の淑女だったのだろうと感心せざるを得ない。
「スノーデン辺境伯様はお優しい方ですから、寂しく暮らす私に目を留めてくださったのだと思います。本当に感謝しかありませんわ」
ホゥ……と令嬢の1人からため息がもれた。
よーし!同情を買う作戦が成功した気がするわ!
「ニーナ、何を話している?」
『アデルバード様!』
令嬢達の声がハモった。慌てて、我先にと前に出ようとして1人が他の人の足に躓き、転びかけた。
「危ない!」
咄嗟に傍にいた私は腕を伸ばしていた。ヒョイッと令嬢の体を軽々と受け止めて抱きとめて………しまったああああ!!
これでは淑女には見えない!逞しい淑女なんて存在しない!でも、つい手が出てしまった。令嬢を起こすと、その彼女は顔を赤くし、目を潤ませていた。
「も、申しわけありません!」
「怪我はなかった?」
してしまったことはしかたない。私が労わる言葉をかけると、なぜかカッと令嬢の顔が赤くなった。
「ハイッ!」
その場にいた令嬢達がパチパチパチと拍手した。……えっ?なぜ拍手?
「なんて素敵なの……ニーナ様」
助けた令嬢がそんな言葉を発したのだった。
……ええっ?
困ってしまい、私はアデル様の方を見ると笑いたいのを我慢してるように見えたのだった。
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