夫婦喧嘩は思いやりから
朝晩の寒さが厳しくなってきた頃だった。
「おかえりなさい。アデル様」
「今日は一緒に夕飯は食べない」
「えっ……?」
出迎えたが、冷たく一蹴された。紫の目が冬の冴え渡る月のように硬質的な冷たさを帯びている。拒否されてしまった……。
自室の方へスタスタと私の方を見ないで行ってしまう。他の使用人たちも来るな!部屋に入るな!と厳しく言われ、誰も近づけようとしない。ドアを閉めた。
「今日は虫の居所が悪い」
「こんな日は言いつけどおりにしたほうが良いですよ」
「たまにあるんですよ。ニーナ様がお気になさらずとも大丈夫です」
そう皆が言う。私はなにかしたかしら?と考えるが特に何かした覚えはない。うーん……と首を捻る。孤児院の゙小さな子達が機嫌悪くなった感じと似てるわよね。
たいてい子どもたちの機嫌が悪い時は……私は思い当たる。
私は慌てて、アデル様の部屋の前へ行く。ノックする。
「放っておけと言ったはずだ!」
強い言葉に反して声は弱い。私は無視してドアを開ける。鍵は忘れていたのか?かかっていなかったのか?
どうやら、かけられなかったらしい。私の足元に体があった。
「ちょっ、ちょっと!?アデル様!大丈夫ですか!?」
ドアの前に倒れ込んでいたアデル様だった。呼吸が苦しそうで、白い肌の顔が赤い。私は手を額と首筋に当てて、体温を見る。熱い!これは……お医者様だわ!
「とりあえず服を脱いで、ベットへ!」
私がコートのボタンに手をかけようとすると、苦しげな顔で言うアデル様。
「ま、まて……おまえがするなっ!」
「あ……ごめんなさい。つい……」
孤児院の子にするように世話をするところだったわ。ヨロヨロと立ち上がる。私は肩を貸してあげようとするが、払いのけられた。
「部屋から出ていけ!一人でいいんだ!余計なことをするな」
「でも具合が悪そうで……」
「勝手に治る」
そりゃ、神様に丈夫スキルをもらった私なら勝手に治るかもしれないけど。普通の人には無理だろう。どう見ても病人である。
「わかりました。じゃあ、せめてお医者様に診てもらってください」
「いらない」
「そんなに具合が悪そうで、このまま寝込むことになり、重い病気で亡くなるなんてことになったらどうするんですか?」
「それでいい。オレは誰かに助けられて良い人間じゃない」
え?……それってどういうこと?わざと自分で苦しむほうを選んでるの?
「苦しみの中で死ねるなら、本望だ。だからでていけ。構うな」
私は孤独で寂しい心を感じた。ポツンと1人で広い広い草原の中、立っているような。そんな姿が思い浮かぶ。
それを放っておけというけど、放っておける………わけがないじゃないっ!?
「体がしんどい時、動かない時は誰しもが不安になり怖くなります。寂しさだって感じます!それを一人で味わい、苦しむなんて………私は放っておけと言われても゙無理ですっ!」
思わずポロポロと涙がこぼれた。セレナの時、思い通りにならない体に毎回不安になり、毎回もうダメなのかと絶望を感じた。でも……私は皆が心配してくれて、それも申しわけなかったのだけれど、1人ではなく、誰かが側にいてくれたり時々ガルディン様がお見舞いに来てくれたりすることが本当に心強かった。
「なぜ泣くんだ!?」
「アデル様がワガママいうからです!」
「ワガママじゃないだろう!?」
「ワガママですよっ!」
グスッと涙が止まらないが、負けずに言い返す。
「泣くなよ!」
「アデル様がちゃんとお医者様に診てもらうなら泣きやめます」
「………っ!………勝手にしろっ」
もう限界だったらしく、コートを脱ぎ捨ててパタッとベットに寝転ぶアデル様。
「勝手にします。お医者様を呼びます」
私はアデル様に水や冷やす氷を用意したりお医者様を呼ぶ。
「夫婦喧嘩しないでくださいよ」
アンリがアデル様の着替えを用意しながら苦笑する。
「夫婦喧嘩……?」
今のは喧嘩だったかしら?
「でも奥様の思いやりから始まった喧嘩ですもんね。すごいです。あのアデル様が言うことを聞くなんて!」
「彼はいつもこうやって拒否してきたの?」
アンリの゙顔が曇る。
「そうかもしれません。こうやって部屋に入るなと命じることは珍しいことではありません。一人で耐えていたのかも……」
そんなことって……アデル様はなぜここまで自分を追い詰めるのだろう?ギュッと私は唇を噛んだのだった。
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