街に警鐘は鳴り響く
「今日はアデル様は遅いのね……」
もう夕食の時間はだいぶ過ぎていて、私がそう呟いた時だった。
カンカンカンカンと高い鐘の音がした。どこか不安にさせる音に私は身を震わせる。窓の外を思わず見るが、暗闇が広がるだけ……一体何があったの?
バタバタバタと廊下を走る音。アンリが奥様!と切羽詰まった様子で叫ぶ。
私の手を引っ張る。
「急いでください!地下室へいきます!」
「もしかして……これは……」
「そうです!魔物の襲来です!」
アデル様が以前、言っていたことを思い出す。急いで走っていく。アンリはハァハァと息を切らせ、地下室へ入ると重たい扉を閉めた。
「アデル様は!?」
私は周りを見ると、屋敷の使用人達しかいなかった。コック長のラズが苦笑する。それはどこか諦めたような表情でもあった。
「今頃アデル様は我々を守るために戦っている」
その言葉に、私は息が詰まるような感覚が起こる。そうだった……ずっと戦っていると言っていた。
「私も……私も戦うわ!」
思わず、私は扉を開けて外へ行こうとする。
「お止めください!奥様」
「行ってどうするつもりですか!?」
「アデル様の足手まといになるだけです!」
………この言葉は。この状況は。ドアに伸ばした手が震える。
同じだわ。私は今も昔も同じ。ただ守られて安全なところにいて、最後は無力を嘆いて終わる。
アデル様は……今、どうしているだろう?
私はドアの前に佇む。為すすべもなく。頬に涙がこぼれる。アデル様が心配なのか、それとも過去の自分と重ねて悔しいのかどちらの感情なのかわからない。
しばらくして、地下室から出ていくと、何事もなかったかのように、アデル様が帰還していた。
「……なんだ?その顔は泣いたのか?」
私は首を横に振る。平然としているが、いつもより疲れた顔をしているアデル様に泣いたことを言いたくなかった。
「皆さん、ご無事でしたか?」
「まぁ、多少の怪我人は出たが、軽症で済んだ。被害もそこまでない。幸運だった」
魔物に襲われて危険な目にあって、幸運と言うなんて、そんなことおかしいわと思う。私はキッと顔をあげる。
「アデル様、私にも剣や魔法を教えてください!」
「は!?」
「私もいざという時、自分や皆の身を守れる程度の力を身につけたいんです」
無表情の顔の目が崩れる。目が見開かれて驚いているのがわかる。
「そこまで、おまえがしなくてもいい。守るのは当たりまえのことだ。それに怖くて泣いていたんじゃないのか?」
「魔物は怖かったです。でも暗い地下室で待つことも怖いんです。私は嫌なのです。誰かに守られて、誰かを犠牲にし、安全な場所にいる自分は嫌です」
「勇敢なことと、無茶なことは違う。その気持ちだけでいい」
また……なにもしなくていいって言われる。私はいるだけでいいの?そんなの嫌よ。
「アデル様、どうか私にも剣や魔法を学ぶ、チャンスをください。無茶はしないと約束しますから……お願いします」
そう言って、頭を下げる。アデル様はしばらく黙ったままだった。
「好きにしろ」
私はパッと顔をあげた。紫の目と私の目が合う。アデル様の目の中に私は映っている。しかし、それは一瞬だけで、目を逸らされる。
「なかなか条件に合う娘やこの地で耐えれる娘は見つからないんだ。代わりを見つけることは難しい。死んでもらっては困る。学ぶことは良いが、気をつけろよ」
「頑丈さが取り柄なので!」
モノ扱いされ、ひどいことを言われてるのに、ニッコリ笑った私を冷たい目で一瞥して、着替える……と言って自室へ行ってしまった。
アデル様の言葉と態度は冷たさがあるのに、ちゃんと私の思いを聞いて尊重してくれる。他人なんてどうでもいいという風を装いつつも、必死でこの地を守っている。
そして時折、見せる優しさと思いやり。それがひどく私の心を騒がせる。
どうか傷つかないでほしい。どうか無事でいてほしい……と、本当は地下室で待つ間、私はアデル様のことだけ考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます