心の内は見えそうで見えず
「書庫はここだ。好きに使うと良い。ただ……この屋敷の西の部屋だけは入るな。鍵がかかってるから、入れないとは思うがな」
わかりましたと私は素直にアデル様の言葉に頷いた。秘密の部屋?何があるのか気になったが、見せたくないというものを無理に見るものではないだろう。すごく気になって好奇心がムズムズするけど。
本の題名を見ていく。私は2冊ほど棚から抜き取る。題名だけで選んでみた。100年ほど昔の文学者の本だった。かなり分厚いけど、じっくり長く楽しめそうな気がした。
「そんな難しい本を読めるのか?初等教育しか受けてないのではなかったのではないか?」
ジッとアデル様が私の手元を見ていた。今の私は良い教育の環境にいなかったが、セレナの記憶のおかげで、読み書きやある程度の教養と知識は持っている。不審に思われるのも仕方ない。
「孤児院には本を寄付してくださる方もいましたから独学で色々学んでいました……ええっと……あの……書庫を使わせてくれてありがとうございます」
「いいや、礼を言われるほどでもない」
書庫の薄暗い棚の間で話すアデル様と私を魔法の明かりが照らし、ゆらりゆらりと影を作っている。静かな夜だった。
「そういえば……メイド不足ではないか?ここは危険な地ゆえ、なかなか続かず、来てくれる人もいない。不便を感じているだろう?」
なるほど。それで、メイドが少ないと言っていたのね。私は納得した。
「大丈夫です。ある程度は自分で、できますから……アデル様、もしかして心配してくれているのですか?」
少し怖いと最初は感じたけれど、もしかして表情が乏しいだけで、優しい人なのかもしれないと私は、なんとなく感じた。暇だろうと書庫を開放してくれたり、メイドがいないから不便だろうなんて、本当にどうでもいいと思っていたら放置されているだろう。
私はなんだか新しい彼の一面に気づいた気がして、嬉しくて微笑んだ。……が、アデル様はパッと私を見ないようにし、視線を外した。
「……心配などしていない。ただ……おまえも魔物の襲来に怖いと感じ、逃げ出さないかと思っただけだ」
「魔物は確かに怖いです。追いかけられた時、死ぬかと思いました。でも私には怒りや憎しみの感情を向けられて、人が人を襲う戦のほうがよっぽど怖いです」
人が敵意を持って襲ってくる。昨日まで友好的だったはずの国が牙を剥くときの怖さ。セレナの記憶は鮮明で、世界中が戦火で満ちていたあの頃。私の住む小さな平和な国まで、その戦の炎はやってきた。戦う理由はいくつもある。国家の利権、プライド、文化や宗教の違い……それはどんどん広がっていった。
「……そうか。それはわかる気がする」
私には聞こえるか聞こえないかの本当に小さな声でアデル様はそう言ったのだった。夜の闇に紛れて消えてしまうほど小さな声だった。
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