髪が生えたね

三題噺トレーニング

髪が生えたね

 偶然がつづくことってあるものだ。

 オレは今日の幸運に感謝しながら通りを歩く。商店街の福引券が落ちていて、それを抽選所に届けたら、サービスで1回引けた。

 そうしたら、なんと大当たり。1等を超える特賞の最新式のドラム式洗濯機が当たった。

 それだけならまだしも、久しぶりに散髪に行ったら適当に頼んだ髪型がばっちりとハマった。久しぶりに来たから、とおまけでヘッドスパまでやってくれた。しかも長めに。

 偶然とはいえ、ここまでラッキーが続くことってあるものなのか? しかし、これまでの仕事のしんどさと退職に至るまでの辛さを思い返せば、このくらいのラッキーがなければ帳尻も取れないし、まあいいだろうと思い、店を後にした。

 お昼は中華料理と決めていた。

 どうせ暇なんだし長めに待たされてもいいやと覚悟して行ってみると、いつも混んでいる町の中華料理屋が奇跡的にすいていた。

 いつもだったら1時間は待つところをすぐに呼ばれて席に着く。

 が、しかし、オレの後にすぐ呼ばれた名前。

 『開田幸一』という聞き覚えのある名前に振り向いてみると、そこにはなんとオレを退職に追い込んだクソ部長がいた。

 開田は俺に気づいていない。

 アホ面をぶら下げてぼんやりと1人、カウンターの席へ着いた。


 開田はとにかくイヤな奴で、ことあるごとに俺を呼びつけては面前で怒鳴り、それをレコーダーに記録した資料をハラスメントの窓口に提出すると、昔馴染みの人事部長を抱き込んで、自身のハラスメントを揉み消したカス野郎だった。

 そのことでオレへの当たりはより強くなり、結局、心を病んだオレは会社を去った。

 

 怒りと、それより何より動悸が収まらなくなってきた。

 どうにか餡かけ焼きそばと餃子を頼む。ここの餃子はめちゃくちゃ美味いから、せめてそれだけは食べたかったのだ。

 クソ、やはり禍福は糾える縄の如しか。

 カラカラになった喉を潤すために水をひと息に煽ると、近くのカウンターから、開田の妙にカンに障る高い声が聞こえた。


「餃子ないのぉ!? なんでよ!」

 

 会社でのことを思い出して思わず首をすくめてしまった。

 どうやらオレは餃子を頼んだ最後の1人になってしまったらしい。

「あちらのお客様で最後になってしまって……」などと店員は苦し紛れに言わなくていいことを言ってしまったのだろう。

 開田はわざわざオレの座ってる席まで来て「あら、あらら。まさかとは思ってたけど鴨志田さんじゃーん、久しぶりー。元気してた?」と覗き込むように笑った。

 最悪だ。今までの軽やかで天にも昇る気分が、全てヘドロでできた汚水を突然ぶっかけられたような不快さに変わって、それが口の中へじんわりと広がった。

 開田は笑顔で、しかし目はまったく笑っていない状態でオレを見る。

 早く席に戻れよ、というオレの念が通じたのか、注文が途中だったことをようやく思い出したのか席へと戻った。


 その時だった。テレビでしか見たことのないタレントや芸能人がどかどかと店内へ入ってきた。

 なんでも、昼時の店内で生番組のロケが始まるらしかった。

 開田はそんなの聞いてない! 俺は静かにメシを食いたいんだ! と突然怒鳴り出し、勢い良く立ち上がった。

 すると、運悪く、偶然餡かけ焼きそばを運ぶ店員が開田の横を通り過ぎるところで、店員は下から不意打ちを喰らった形で焼きそばの皿を派手に吹っ飛ばした。

 そしてそのままその皿からこぼれた餡かけ焼きそばは宙を舞い、オレは、あれ、多分オレのだよな、と考えている内に開田のハゲかかった頭の上に落ちた。

 開田にたっぷりと餡のかかった熱々の髪が生えた。

 へ? という開田の表情も絶妙だったし、頭の上の焼きそばに気づいて熱がる開田も最高だった。

 惜しむらくは正面からその姿が見えなかったことだが、ようやく一矢報いた気がしてオレは大爆笑した。

 どうやら一部始終をタレントさん達も見ていたらしく、開田の姿に罪悪感を覚えつつも爆笑してしまっていた。

 店内中の爆笑に耐えられなくなったのか、開田は平謝りする店員をいなして、さっさと帰ってしまった。その姿はあまりに小さく、会社での大きな態度とは裏腹だった。


 オレの幸運はここで終わったかに思えたが、数日後に奇跡が起きる。

 偶然テレビを付けていたらやっていた再放送のバラエティ。そして見覚えのある中華料理屋。

 そう、オレはそこであの時の開田の醜態をばっちりテレビでも拝んでやったのだった。

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