3🏡一平とナオの恋物語💓

オカン🐷

第1話 雨の秋葉原

「ナオさん、今日はぼくがくっついても嫌がりませんね」

「だって雨に濡れとうないもの」


 天気予報では雨が降ると言っていたのに、傘を持たない一平はナオの小さな折りたたみ傘に潜り込んで来た。一平はナオの肩を抱き寄せ、傘を持ってくれている。

 ナオは傘の中から通りの店先に目を光らせた。


「ねえ、あそこに傘売ってる。398円やて、傘こうて」

「嫌です!絶対に嫌。こんなチャンス滅多にないんだから」

「ケチ」

「ケチで言ってるんじゃありません。ナオさんが好きだから、ナオさんはぼくのこと好きですか?」

「嫌いではないかな」


 一平はナオの背中を押し、傘の外に押し出そうとする。


「ひどーい、それうちの傘やで、返して」

「ごめん、ごめん。そこは嘘でも好きと言ってください」

 

 一平はさっきよりも力を込めてナオの肩を抱きしめた。


「ナオさん、今日は背が高いですね」

「ああ、厚底のサンダル履いてるから。足を雨に濡れさせとうないもん」

「そう言えばレイもよくそんなの履いてる」

「レイちゃん、熱出したって言うてたけど大丈夫なん?」

「ただの風邪みたい。そんなことより、レイが来られなくても1人で来るつもりだったの?」

「うん、平気」

「平気じゃないですよ。秋葉原、けっこう事件が多いんだから。いや、でも、ナオさん、ぼくのことからかってます」


 回りはホテルが林立するホテル街。


「まさか、もうちょっと先にあると思うねん」


 一平は真横の建物にナオの肩を押し込んだ。

 そこはホテルの入り口で、休憩の文字が見えた。


「何すんねん、もう」


 ナオも負けじと一平の手を引き込んだ。


「何するんですかあ」


 じゃれ合う2人をホテルの中から出て来た二人連れが嫌な顔をして通り過ぎて行く。

 しばらく沈黙する2人だったが、堪えきれずに吹き出した。

 アッハハハ

 ウワッハハハ


「あの二人、昼間からやってきたのかな?」

「そりゃ、そういう所やもの、やってきたんとちがう」

「ぼくもやりたいな」

「やりたいって何やの」

「ナオさんだって、さっきやってきたと言ってたよ」

「うちはそんな下品なこと言いません」

「じゃあ、何て言うの?」

「いたしますって」


 キャハハハ

 ウワッハハハ

 場違いな笑い声が辺りに響いた。


 コンクリートが立ち並ぶ中に忽然とそれは現れた。

 昔ながらの雑貨屋。店先には駄菓子が並べられ、昭和の時代から置き去りにされたような一軒家。


「本当にそれだけを買いに東京までわざわざ」

「それだけの価値があんねん。うちの近辺、みんな売り切れて、レイちゃんから連絡もろて、あって良かったあ」


 ナオはクリアファイルにキスをした。

 雨も上がって薄日が差してきた。

 遠くから聞こえていたパトカーのサイレンが真横の車道を通り抜けて行く。

 それに続く白バイが物々しい。


「一平さん、仕事はいいの?」

「ナオさんをこんな所にひとり置いて行けないよ。次はどこに行くの?」

「うんとね、浅草のメル・コモ・エスタス」

「あれ、レイも同じようなこと言ってたな」

「だって、一緒に行く予定やったもの」

「それが今日はお店やってないってレイが言ってたよ」

「えっ、うそー、楽しみにしとったのに」


 ナオはスマホで検索してみる。


「メルちゃん尼崎におるねんて。大阪に行ってるねんて入れ違いやわ」

「尼崎は兵庫だよ」

「えっ、大阪と違うん」

「それじゃ、ぼくの知ってる店に行く? ナオさん、肉は好き?」

「うん、大好き」


 一平はナオの手を取り歩き出した。

 しばらくすると、ビルの谷間に生け垣に囲まれた、しもた屋風の家屋が現れた。

 ナオの足が止まった。


「えっ、ここに入るの?。一平さん、うちをからかっているん?」






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