第35話 〜本物の天才〜
店の営業が終わり,俺達はミケラルドに店の裏に連れて行かれる。バックステージには出演した人達が大勢いた。
「ララ!! ララはいるかい!?」
「なんでしょう?」
ララと呼んだ声に反応したのは,先程酷い歌声を披露していた少女だった。
「カナデ,さっき歌っていたこの子の名前はララだ」
「ララと……いいます」
「ララ,こちらはカナデとそのお仲間だ。そして三日後の開店記念日イベントまでララの事を手伝ってくれる方々だ」
「そうなんですか?」
「本当だとも。ララが一位を取れるように手伝うことになった。よろしく! 仲間のクロエとロイ,ミーナにライムだよろしく」
「……よろしくお願いします」
「それじゃあ私はそろそろ帰るよ。三日後をとても楽しみにしているよ!」
ミケラルドは去っていく。
「それでカナデどうするのじゃ!? とんでもない事を引き受けたのじゃ」
「本当に出来んのか? さっき歌ってたって下手くそだったじゃん!」
「とりあえずララ,この後は普段どうしてるの?」
「家に帰るだけですが……」
ララは
俺が引き受けたのには勿論理由があった。人間の歌声というのは歌だけでは分からない事が多い。俺の最高級のヴァイオリンをミケラルドが弾いても音痴な音しか出ない。
人間も同じで,最高級の品質を持ち合わせていたとしても,上手く扱えないと綺麗な声というのは出ないものなんだ。
ララに関して言えば,身長や骨格などを見ると歌う素質はあると俺は感じた。だから俺はミケラルドの賭けに乗っかった。俺は俺自身の直感を信じた。
「三日後についての作戦を考えたいから,家に行ってもいいかい?」
「ボロい家ですが,いいですよ……」
ララが進む後を付いて行くとレストランのある中心街からかけ離れた場所に向かっていく。人通りも少なくなっていき,浮浪者のような人が増えていく。
「着きました。ここが私の家です」
「えっ!? 本当に!?」
「どういう意味です?」
「つい最近来たことがあるの〜」
「こんな事ってあるのね」
「オイラ達がまたここに来るなんて思わなかったぜ」
「来たことがあるんですか?」
「いや,まあ……気にしないで」
ララがドアを開けると,ララの胸に飛び込む子供達が。
「「ララお姉ちゃんおかえり〜」」
「ただいま」
「なんで!?」
俺達の顔を見て少年は驚く。
「やあ! また会ったね!」
「あれ? ハルトと知り合いなんですか?」
「知り合いというか,こやつがカナデの荷物を盗んだのがそもそもの始まりで,そのせいでいまこういう状態になっておるのじゃ」
「えっ!? それはどういう意味ですか?」
「とりあえず中で話さないか?」
「どうぞ中へ……」
中に入り,ララにこれまでの俺達の事情や
「ハルトのせいで迷惑かけました……すいません」
「荷物を盗られる方が悪いだろ」
ララがハルトの頭を叩いた。
「痛えよララ姉」
「それで俺達は領主のミケラルドからララの事情を聞いたんだ。三日後、一位を取らないとクビだって?」
「ララ姉クビになるのか?」
「まだ分からないよ。三日あれば……」
「三日でどうにか出来る問題じゃないじゃろ」
「カナデどうするつもりなの!?」
「そうだなぁ……」
「ララお姉ちゃん眠いよ〜」
「ミリーとエリーもうそんな時間ね。ここで少し待ってて下さい」
ララが二人を連れて奥の部屋へと向かっていく。
「お前達って親はどうしたんだ!?」
ロイが突然訊ねる。
「いねぇ〜よ! 皆元々家族でもないしな。ララ姉が拾ってくれたんだ……」
「そうなのね」
「オイラにとってのカナデみたいな感じなのかララは」
「♫〜♫〜♫〜」
部屋から歌が聞こえた。子守唄だろうか? いや! そんな事よりも驚くべき所はそこではない。
「これ,ララの歌声か?」
「店の時と全然違うじゃない」
ララが戻ってきた。
「なんだよ〜。ちゃんと歌えるんじゃん。オイラびっくりしたぜ」
「さっきの歌は子守唄??」
俺はララに訊いてみる。
「ええ,はい。母親が昔寝る時によく歌ってくれていたんです」
「何で舞台だと歌えないんだ?」
「緊張しちゃって……上手く歌えないんです」
「その子守唄,ここで歌ってもらえるかい?」
「分かりました」
「♫〜♫〜♫〜」
彼女の歌は,どこか優しく,どこか切なく,どこか儚さを感じさせる旋律を醸し出している。
「ララ,舞台でその歌は歌った事は??」
「短いですし,歌ったことはないです」
「じゃあ普段は自分で作った歌を歌ってるのか?」
「一応……でも駄目駄目で」
「分かった。とりあえず俺達は今日帰らせてもらうよ。夜も遅いしね」
クロエの方を見るとうたた寝をしていて,俺はクロエをおんぶし,ララの家を出る。
「なぁーなぁーカナデ!! 本当に一位取れるのか?」
「ん〜?? ん〜……」
「何ボーッとしてるんだよ」
「ん〜?? んーうん」
俺はララの歌声が耳から離れなかった。宿に戻り,おんぶしていたクロエをベッドに降ろし,自分自身もベッドに横になり眠りにつこうとしたが,俺の頭の中に歌声とメロディーが浮かんで離れず眠る事が一切出来なかった。
朝方になり,俺はクロエを起こした。ミーナとロイを起こさないようにクロエに話す。
「おい! クロエ起きてくれ。ちょっと出かけるぞ」
「なんじゃ――。カナデこんな朝早くに……」
「とにかくクロエ行くぞ」
俺はクロエを無理やり起こして,ララの家へと向かった。
家をノックするとすぐにララが出てきてくれた。
「こんな朝早くにどうしたんですか?」
「歌を……歌を歌いに行こう」
俺はララの腕を引っ張り外へと連れ出した。
「普段どこかで練習していないのか?」
「……それだったらこっちに」
案内された場所にはボロボロで朽ち果てた教会があった。
「普段はここで練習しているんです」
そう言いながララはスキップし,教会に射し入る朝日が集まる場所にララは立つ。
「ここの場所が好きなんです」
彼女の表情は会った時からどこか自信がなく影がみえ,絶望を感じているかのような暗い表情が多かったが,この瞬間は明るい顔を俺達に見せた。
「おい! クロエ! ピアノ出してくれ!」
「ん〜〜? 分かったのじゃ……」
「それは……一体なんですか?」
「これはピアノという楽器だ。音を鳴らす楽器だよ」
「♫♪♫〜」
少し鳴らしてみせた。
「素敵な音が出るんですね」
「俺は昨日ララの歌声を聴いてから,頭の中に繰り返しずっと鳴り響いていて,それと共にピアノのメロディーが浮かんで仕方なかったんだ。ララが歌った子守唄に俺がピアノの音を被せるから歌ってくれないか?」
「そんな事急に……」
「大丈夫だ。俺が合わせるから! ララは好きに,自由に歌ってみてくれ」
バッグからライムが飛び出し,ララの胸に飛び込む。
「?????」
「俺の従魔のライムだ。害はないから安心してくれ」
「ぷよぷよして気持ちいい。ライムちゃんよろしくね」
俺はピアノで伴奏を始める。
「♫〜♫〜♫♪〜」
ララは俺のピアノのメロディーを聴いて歌い始めた。
「♫〜♫〜♪」
「ほぉ〜!! これはまた凄い事になってきたの〜」
ああ……やっぱり……
ララは天才だ。まがい物の天才とは持っているものが違う。
技術や理論なんかでは証明出来ない事が確かにある。ララの歌声は説明出来ない。
透き通る程清く強さがある声なのに,故郷に思いを
今ここに天才歌姫が誕生し,俺とクロエはその瞬間を目の当たりにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます