第3話 ~互いに知らない食べ物の話~
あの後俺は彼女と互いに知らないことを教えあった。 その結果分かったのはリーリアと俺が住む世界は何もかもが根本から異なるということ。
世界の成り立ちも、祖先となる生物も、文明の発展度合いもまるで違う。
そして俺が一番驚いたのが……。
「魔法だって?」
「そう! 貴方だって勿論使えるんでしょ? だってさっき温かい飲み物飲んでたじゃない。 あの炭を溶かしたみたいな真っ黒な奴!」
如何なるトリックか、自分の周囲に羽根ペンを高々と浮かせ、自在に動かして見せながらリーリアは興味津々に問いかけてくる。 自分が知らない魔法とやらを学ぶ機会だと考えているようで彼女は熱い視線を俺に向けてくるが、生憎この世界でそんなものを使える人間は一人たりともいない。
「買いかぶってくれるな、そもそも俺は台所で湯を沸かしただけだぞ」
「でも魔法も薪も使わず物を温めるなんて普通出来るはずがないわ。 火の気配なんて一切していないのにどうやったの?」
本心から言えば、俺の方が魔法という存在に対して聞きたいことが山ほどあるというのに、リーリアは構わず窓のすぐそばまで顔を寄せ、部屋の中を興味津々に覗き込みながら問いかけてくる。
そんな彼女の視線を遮るように俺はさり気なく窓のそばまで椅子を持ってきて座ると、今度は逆にこちらから問いをぶつけてみた。
「リーリア、君は電気って知ってるか?」
「電気? 何それ? レイジ君の世界での魔力の呼び名?」
「ああうん、分からないなら別に構わない。 今ここで実演してやった方が早そうだ」
魔法という便利すぎるものが身近にあるせいなのか、それとも本当に電気という概念が存在しないのかは分からないが、彼女の疑問を晴らしてやるべくホットプレートを窓のそばまで持ってきてやると、そこで卵とベーコンをさっと焼いて見せた。
初めこそ怪訝な目で見ていたリーリアだったが、冷たかった鉄板が徐々に熱を持ち始めると途端に興奮し始める。
「ええ!? なにこれ魔法じゃないの!? 凄いじゃない!」
「凄いのはこれを造った技術者とメーカーであって俺じゃないんだがな。 ともかく、魔法なんて便利な物が無いなりに、俺達の世界の人間は今まで工夫して生きて来たんだよ」
肉から染み出した旨みのある油を使って半熟に焼き上げたベーコンエッグを俺は素早く皿にあげる。 朝飯も喰ってなかったのでそのまま平らげようとも思ったのだが、リーリアが熱い視線を浴びせているのに気が付くと、そっと窓の前に皿を差し出した。
「食べてみるかい?」
「うん! ありがとう!」
「おい俺はまだ……まあいいか……」
俺がどうぞと答える間もなく、できたてのベーコンエッグは遠慮無く窓の向こうまで持っていかれ、吸い込まれるようにリーリアの口の中へ入っていく。
「これが貴方の世界の卵とお肉なの? 味も濃いし脂が乗ってて美味しいわ!」
「やっぱり君の世界の奴とは違う感じなのかい?」
「私の世界で食べられてるものはもっと淡泊だし、お金持ち以外は手に入るのも大変だからメジャーな食べ物じゃないの。 もっぱらよく食べられてるのはこれ」
口の周りにこびりついた油を吹きつつ彼女は答えると、棚の上の小さな壺の中から何かを引っ張りだして見せびらかせてくる。 一見安物の宝石のようにも見える透き通ったそれは、自ら淡い光を放ってリーリアの手を青く照らした。
「食べられてる? そもそも食べ物なのかそれ?」
「うん、これは樹液と木に貯められた魔力が混じり合って結晶化したエーテルってものなの。 室内仕事が主な人ならこれ一粒口にするだけで丸一日何も食べずに済むくらい栄養があるし、そこそこ大きな木がある場所なら何処でも手に入るから常食されてるの」
彼女はそう言うなり窓の向こうからそのエーテルとやらを軽く放り投げ、俺の手の中に押し付けてきた。
「お礼にこれあげる! そのまま囓ってもいいし、お料理に使っても美味しいから食べてみて!」
「お……おう……」
「じゃあ私これから猟の時間だから! また夜、お話出来たらしましょうね!」
「あっ、おい! 待ってくれ!」
自分の言いたいことやりたいことだけは好きなだけやっておいて、リーリアは俺一人を置いて嵐のように気まぐれに去って行く。
「本当、変な娘と隣人になってしまったな……」
しんと静まりかえった自室の中に一人残された俺は、手の中に残されたエーテルとやらをしげしげと眺めていたが、コーヒーがまだそこそこ残っていたことに気が付くと、その中に溶かして試しに飲んでみた。
炭を溶かしたと表現された黒い波間が青く輝き、この世界の常識に縛られた本能が危険を知らせてくるが、構わず口に付けてみると甘みの暴力が途端に俺の味覚を殴りつけてくる。
「……めっちゃ甘いなこれ」
樹液と魔力の塊とやらは伊達ではなかったようだと思いつつ、数秒足らずで飲み干して俺は静かに立ち上がた。
おかしな出会いで一時間程度潰れてしまったが、今日という休日は未だ長々と残っている。
無為に過ごさないために何をしようかと考え始めた瞬間、身体の底から今まで感じたことがないほど活力が溢れてくるのに気が付いた。
「一日飲まず食わずでも大丈夫ねぇ、誇張でも何でもなかったわけだ」
中高生の頃に誰もが感じていた根拠のない万能感が再び甦り、しきりに身体を動かしたくなる。
そうだ、今日は一日運動をして潰そう。
そう思い立つなり俺は素早く着替えると、全身にエネルギーを滾らせながら外に飛び出していった。
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