第1話 ~奇妙な隣人との出会い~
「……なんだまだ7時か」
夢さえ見ないほどの熟睡を終え、目を覚ました俺はふとベッドのすぐ脇にある窓の外を見る。 今日も今日とて俺を迎えるのはイヤミなほどに快晴な空と、けたたましい雀の喧噪だけ。
仕事があるなら兎も角、別に誰に文句言われることもない。 せっかくだからもう一眠りしようと俺は寝返りを打つが、いつもならもう一つの窓から鬱陶しいほど差し込んでくるはずの朝日が、何故か枕元まで届かないことに気が付いた。
「何だ……窓でも塞がれてるのか……?」
近くで工事があるとは一切周知されていなかった為、もしや空き巣の下準備かと早合点し、俺は工具箱から引っ張り出した大型レンチを引っ掴んで静かに窓まで忍び寄る。
「頼むから誰も居てくれるなよ」
せっかくの休みが流血沙汰になっては台無しだと、招かれざる客が居ないことだけを願いながら、俺はカーテンを思い切って開いた。
「は?」
その瞬間、俺は手にしたレンチを思わず取り落として立ち尽くした。
いつもなら朝日が差し込む方の窓の先に見えていたのは、全く知らない建物の中。 天井から壁、床に至るまで木で造られた住居の中には、見たことの無い謎の生物の毛皮が吊り下げられ、部屋の隅にはナタ状の剣や弓矢が無造作に置かれている。
「馬鹿な……一体どうなってる……」
ここは平屋団地の端っこで、隣に建物なんて当然なかった。 否、それ以前に住居を建てられるほどの空き地すら物理的に存在しなかったはずだと、一旦カーテンを閉じて外に飛び出し、借家の周りを確認するが、当然それらしき建物は見当たらない。
「まだ寝ぼけてるみたいだな……シャワーでも浴びてくるか……」
こんなちぐはぐなことがまかり通るなど夢に決まってる。 さっさと目を覚まして混乱から抜け出すためにも、俺は吸い込まれるように風呂場に直行すると、冷水のシャワーを浴びてまで眠気を覚まし、寝室兼居間まで戻ってきた。
「俺は今、現実世界でちゃんと起きている。 あんなふざけたことなんて起こるはずがないんだ」
二度三度、自分にしっかりと言い聞かせた後、俺は半ばムキになりながら乱暴にカーテンを開いた。 田んぼだ、この先にあるべき光景は見渡す限りの田んぼなんだと。
だが俺の願いも虚しく、その先にあったのは先程と変わらぬ木造住居と、何故か上半身裸だった金髪碧眼の美女の姿。
「んぐ!?」
「ほぁっ?」
互いに置かれた状況を理解出来なかったのか、俺も窓の向こうの名も知らぬ誰かも奇声を上げて押し黙ってしまった。
謝るべきか? 不審者だと通報するべきか? いや、そもそもこんな状況に陥っていることを誰が信用するか?
何か手を打つにしても有効な手立てが全く思いつかず、一秒一秒と無駄に時間だけが過ぎ去っていく。
そうするうち、窓の向こうで固まっていた美女が我を取り戻すと、大急ぎで目を隠しながら大声を上げた。
「ごめんなさい! 殿方の着替えを覗くつもりなんてなかったの! 本当なの!」
「イヤ、そりゃ普通はこっちの台詞なんだが……」
悲鳴か、それとも罵声かのどちらかを予想していたはずが、予定外の謝罪の言葉に俺は思わずつっこみを入れるも、良い機会だと脱ぎ散らしていた部屋着を引っ掴んでさっさと着込む。
「アンタこそさっさと服を着てくれないか? こっちも目のやりどころに困るだろう?」
「あぁ!ごめんなさい!」
話を拗らせない為にもさっさと注文を付けると、窓から見えないところでしゃがみ込んでいた美女も部屋の脇に吊されていた服を着込みに消える。
そんなやり取りをしているうち、俺は昨日友人と話していたことをふと思い出した。
――あんた、異世界って本当に信じてるかい?
「そんな馬鹿な話が……」
あるはずがない。 だが、今俺に降りかかっている事柄が尋常のものではないことも事実。
「これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免こうむりたいんだがな」
心からの本心を零しながら、俺は小さなヤカンをIHコンロに載っけつつ向こうさんの準備を待った。
見惚れるような見た目に反し、天真爛漫としたお嬢様の準備が整うのを。
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