第11話 泣き虫ルナちゃん
「じゃあやっぱり、この魔剣はリッくんが持つべきだと思う。私にはちょっと扱いづらいし」
クロエに渡された俺はそれをしげしげと見つめた。改めて見ると、黒い刀身に金色の紋様が入っている。柄の部分に施された装飾といい、どこか禍々しいオーラを感じるな。……なんか、手に取った瞬間に呪われそうな気もする。
「──それで、ルナの目的は何かな?」
「えっ?」
「この二人を僕のところへ連れてきて、『月下の集い』に引き入れようとしているんじゃないか?」
突然のアリアの指摘にルナは一瞬だけ表情を強張らせた。だが、すぐに穏やかな笑みを浮かべると
「いいえ、わたしはただ二人の役に立ちたいだけなんです。目的も一致してますし、きっとわたしたちは良き協力者に──」
そう言ったが、アリアはその言葉を遮るように続けた。
「ルナ・サロモン、君は今嘘を二つついたね?」
──二つ?
というより、今ルナのことを呼び捨てにしたよな? アリアから放たれたのは明らかな敵意。ルナの額から一筋の汗が流れる。そしてアリアは、ゆっくりと右手の人差し指を立てた。
「まず一つ。君は最初から彼らと接触するつもりだったのに、それを隠していた。──そして」
次に中指を立てると
「僕のところへ連れてきたのも、ユニークスキルについて解明するためじゃない。……彼らに『戦い方』を教えるためだ。違うか?」
アリアは微笑んだままだ。だけど何故か、俺にはそれがとても恐ろしいものに感じられた。追い詰められたルナは、まるで蛇に睨まれたカエルのような気分に違いない。
実際あれだけの実力があって、普段は威風堂々とした態度のルナは、今は内股になって小刻みに震えているのだ。
その様子は小動物みたいで可愛らしくもあったが、そんなこと言ってる場合でもないか。
「僕は、聖フランシス教団と月下の集いの争いに関しては中立の立場だと言っただろう? なのに何故、僕を巻き込もうとするんだ? それにルナは、君の敵討ちに僕が協力すると本気で思っていたのかい?」
アリアは静かに問いかけるが、ルナは答えられないようだ。唇を噛んで、黙り込んでいる。
「君にとって僕は、都合のいい利用相手に過ぎないということかい?」
「ち、違いま……す……」
やっとのことで絞り出したかのような声。だがそれでもアリアの追撃は止まらない。
「ユニークスキルと聞いて僕が興味を示すとでも思ったのか? それとも──」
そこで一旦言葉を切ったアリアは、「ふっ」と鼻を鳴らして笑うとこう告げた。
「──僕のことを侮っていたのか?」
「うぅ……わたしは、ただ……」
ルナは完全に意気消沈したようで、その場で小さくうずくまると泣き出してしまった。こんなに情けない姿を見るのは初めてだった。いつものクールなイメージが音を立てて崩れていく。……っていうかアリア怖ぇ。これが友人に対する態度だろうか?
何が彼女を怒らせてしまったのかは分からないが、流石にやりすぎだと思う。
「アリアさん、そのくらいにしておいたらどうですか?」
俺はアリアの肩に手を置く。
「ルナ嬢はただ、友人であるあなたの力を借りたかったんじゃないでしょうか」
「それは分かっている。でも、こちらにも立場というものがあるんだよ」
恐らくは、ルナは俺たちをダシにしてアリアを『月下の集い』に引き込みたかった。しかしその目論見は失敗に終わった訳だが、アリアは教団とのいざこざに巻き込まれたくないと。
「だからって、今のは酷いですよ。少し言い過ぎです」
クロエもルナの側にしゃがみ込んで背中をさすっている。アリアはばつが悪そうな顔をしたが、何も言わなかった。それからしばらくしてようやく涙が収まったルナは、立ち上がって服についた汚れを払うと、顔を背けた。
「わたし、帰ります」
それだけ言うと彼女は足早に立ち去ってしまった。
俺とクロエは困惑していたが、アリアが口を開く。
「行ってやれよ。僕はここでのことを他で言うつもりはないから」
「あ、ありがとうございます!」
そうして俺たち二人は彼女の後を追いかけていったのであった。
***
ルナの姿はすぐに見つかった。路地裏の行き止まりのところにポツンと立っている彼女。クロエと二人で近寄っていくと、俺達に気づいたルナは振り返った。目は真っ赤に腫れて、頬には涙の跡がくっきり残っている。俺は思わず目を逸らす。……なんで女の子が泣いてるのを見ると、見てる方が罪悪感を覚えるんだろうね。なんか可哀想になってくるし。
「二人ともごめんなさい。わたしのせいで巻き込んでしまって……」
弱々しい声で呟くルナ。だが、俺は別に彼女に謝られるようなことはされていないと思うのだが。
「いやいや、ルナさんが悪い訳じゃないし! アリアさんのあの言い方もどうかと思うけどさ」
クロエがフォローするが、やはりルナは落ち込んだままのようだった。俯いたままでしばらく沈黙が続く。何か気の利いたことを言おうとして頭を捻らせるが、上手い言葉が出てこない。代わりに、俺はこう宣言した。
「俺たち、『月下の集い』に入りますよ」
「……っ!?」
その瞬間、ルナの体がびくりと跳ねた。そして顔を上げると、信じられないものを見たかのような表情をしていた。え、ダメなの?
「えーっと……、ダメなら駄目と言ってくれていいんですよ?」
そう言うと、慌てて首を横に振るルナ。そして──
「あの、まさかそう言ってくださるとは思ってなくて……! ぜひお願いしますっ!」
深々と頭を下げた。
それを見ていたクロエが呆れた様子で
「なーに勝手に決めてんの……って言いたいところだけど、私もリッくんと同じ意見かな。聖フランシス教団をぶっ潰したいのは私もだし」
そう付け加えた。すると、ルナの顔がパァッと明るくなる。
「いいんですか!? わたしは、お二人を騙そうとしたのに……」
「ん? 私は別に騙されたなんて思ってませんよ? 最初から月下の集いに入ろうと思って王都にやって来たんだから」
「俺だって、ルナさんの目的に協力するって言ったでしょう? あれは、俺の意思でもあるんですよ」
「うわぁあああん! ありがとうございましゅうう!」
ルナはまたしても泣き出してしまった。だが今度は先程と違って笑顔のままだ。
「もう、泣かないでください」
「ぐすっ……。すいませぇん……」
クロエは苦笑しながら彼女の肩をぽんと叩いた。俺もそれに倣ってルナの肩に手を乗せる。貴族のお嬢様にこんなことをしたら失礼かもしれないけれど、クロエがしているみたいだから問題ないだろう。
……うん。思ったより髪の毛サラッサラだな。それになんか良い匂いするんだけど。香水とか使ってたりするのだろうか? しかし、こんなに泣き虫な子だとは思わなかった。普段はクールビューティーっぽい感じなのに、ちょっと残念系女子なのかな? でも、可愛いところもあるじゃないか。……なんて考えていると、ふと視線を感じた。見てみると、クロエが俺のことをジト目で睨んでいた。何だよその目。
慌ててルナの肩を撫でていた手をどけると、クロエの側に行ってこそっと耳打ちをする。
「おいクロエ。そんな目で俺を見るんじゃないよ」
「ほんと、女心が分かってないなあ、リッくんは」
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