パートナーズ
猫又大統領
第1話 スタートラインは後方から
明日は心待ちにしていた入学式。正確に言えば入学式それ自体には微かな興味すらない。その日は新入生の内、密に学園側が審査をし、適合者と判断した者たちへ学園から〇あるもの〇が与えられる。
それは、怪物。
入学式の日。朝方から部屋に突然出現したり、通学途中に出くわしたり、怪物との出会いは様々。
怪物と卒業までの三年間を共に過ごす。
怪物を与えられた者と怪物は〇パートナーズ〇と呼ばれる。学費や生活費などすべて学園が負担する。この学園は有数の進学校の顔も持ち、学費と教育の質を目当てにパートナーズを目指す者も多い。
この学年の最も特徴的なことがある、それは卒業の日。パートナーズの中から優秀な者には学園のあるこの町の中だけならどんな願いも叶えられる。
私がこの学園を目指した理由。
願いを叶えた卒業生達は氏名や願いの内容は非公開になっている。そのため、ある年の卒業生は町の飲食店での代金を永久にダダにすることを望んだ、というよな笑える噂話が広まる原因になっていた。しかし、優秀な生徒はテストや怪物の能力を必ず目立ってしまうので特定は容易だ。だが、その行為は禁止をされている。
入学式の当日の内に怪物が現れない場合。パートナーズにはなれない。チャンスはその日だけ。
そんなことを考えていたら、眠れない。
手には汗が滲む。筋肉、骨、脳みそにまで力が入っているようで瞼さえ閉じることが出来なかった。
明日のために出来ることはすべてした、と自分に言い聞かせながら今日までのことが頭に巡る。
ネットには学園の非公認SNSが存在している。その掲示板の書き込みを頼りに学園近くの森に生息しているといわれたツルツルした真っ赤な唐辛子のような幼虫を探し出し飲み込み、その日から1週間も寒気に襲われたこと。掲示板で強い怪物が自分の元にやってくる方法を尋ねたら、人格を否定されたこと。
それもすべて願いを叶えるために。
きっと報われる。
心の中で言い聞かせても体の緊張は治まらない。瞼だけは諦めた様にゆっくりと降りた。
幾つものサイレンがあっちにいったりこっちにいったり、それに応えるかのように犬の吠える声。目覚まし時計を見れば、予定より数分早く目を覚ましたことがわかった。深呼吸をしてから部屋の隅々を確認する。家の中を歩き回っても怪物はいない。
今日の朝は清らかな鳥のさえずりで始まり、目を覚ますとそこには大きな肉体で弱い連中は姿を見ただけで怯えて逃げ出し、戦う意思のある者はその足元のアスファルトごと抉るような攻撃をお見舞いできる怪物がいる予定だった。やっぱりそんなに上手くはいかない。何のために真っ赤な幼虫を。何のために罵詈雑言を受けたのか。
一度ほっぺを両手で叩き、窓を開け、目をつぶり鼻から新鮮な酸素を体に取り込み勿体ぶりながら少しずつ口から吐き出す。見上げると分厚そうな灰色な雲。
母が誕生日にくれた赤いリボンを髪につけ、先月まで父の物が収納されていたタンスから新品の制服を出し、着替える。前日にパン屋さんで貰った食パンの耳を放り込んで学園に向かう。
きっと学園までの道のりでこの三年間を輝かせるような出会いがあるだろう。私は一歩一歩を大事に歩く。
威厳を感じさせる古びたレンガ造りの学園の門までやってきてしまった。
何事もなかった。
数台の緊急車両とすれ違っただけ。
門の横には汚れたサッカーボールがひとつ。この学園は部活も強豪らしいが、興味がなかったので詳しくはないけれど、こんなところにボールを放置しておくなんてそこまで強くないはず。私はボールを拾い上げようと腰をかがめてボールに触れようと近くでみると、ボールには泥と別の〇もの〇で汚れている。
「ミホ、触らない方がいいわよ。そのサッカーボールも怪物が自分のパートナーを傷つけたものだから、縁起が悪いわよ。まあ、少しのケガだから戻ってくるでしょうけど」
ヒカコがそういいながら笑う。私はボールから目を離さずその言葉に相槌を打つ。彼女はこの学園の理事長の孫。私たちは前の学校で一緒だった。それほど面識はなかったが、学園に通うことが分かってからは情報交換などを頻繁にしていた。もちろん彼女は理事長の孫なので近づいて損はないという考えもある。
「あんたの怪物はどこ? 空? 地面の中にいるとか?」
私は黙って首を振り、教室に向かおうと歩き出す。
「ごめん、ごめん、まだ今日は始まったばかりだから大丈夫よ。速報があるのよ。聞きたいでしょ?」
私はすぐに足を止め、ヒカコの顔を見る。こういう時、情報は強力な武器になる、と掲示板の書き込みを思い出す。
「よろしい。なんとね。今回は初日からパートナーズの脱落が多いのよ。もう5人」
「え? 初日に脱落はあるってきていたけど、五人……多い」
「そうなのよ」
「ま……まさか。学生同士で……いくら目的のためとはいえ……」
「は?なにか勘違いしてる?」
ヒカコは少し驚いたような様子で見ている。
「違うの? 争い……願い事のために……」
「あのね。前も話したけど、パートナーズ同士で戦うのは即刻。退学! これだけは忘れちゃダメよ」
「ああ……そうだけど、バレないように……」
「あのね、願い事の話はこの町の中だけだからあんまりそれを目指している人はいないわよ。実際のところ学費の免除のためにパートナーズを目指す人がほとんどよ。お金が欲しい、と願っても上限もあるみたいよ」
ついつい周りも自分と同じようなものだと考えてしまっていた。
「本日の脱落者たちは、怪物が来たことを喜んでハグをして骨にヒビがはいったり、曇り空を越えて晴れた空を見せようと怪物がパートナーを背中に乗せ、飛行中に人間のほうが低体温と酸素不足で入院したり」
「え、どうしてそんな連中のもとに怪物がくるの!」
「まあ、今年はそいう年なんだってことじゃないかしら」
「はあ……情報ありがとう。じゃあ。私は教室にいくね」
あ、とヒカコがひとつ大きな声をだす。
「まだ。情報があるの? なに……」
「大事なことを言うの忘れてた。あまりにも初日の脱落が目立つので今日は休校だそうよ」
「そう……ならもう帰る」
「理事長の孫娘がおすすめの学園近くの喫茶店をご案内してさしあげましょうか?」
ヒカコと戯れる時間はない。
「私は帰る」
このままだと私は脱落もできない。そもそもパートナーズではない。
「大丈夫。きっとくるから……」ヒカコは視線を下に落としながらいう。
「ありがとう」
私は重大なことに気が付く。
「ヒカコ。怪物は? きたの?」
「あ……私の怪物はね。来たよ。朝早く」
「どこにいるの? 見せてよ」
「逃げちゃった。白いふわふわした毛並みの少し大きなウサギさん」
「に、逃げた…………じゃあね」
逃げた。逃がすな。ケガをした。舐めて直せ。どいつもこいつも。
私はそ早足で自宅へと向かう。ヒカコが気を付けてね、という声すら煽られているように聞こえてしまう。
まあ、みんな願い事を叶えようなんて思っていないようだから、それは安心材料ではある。しかし、怪物が来ないことにはどうすることもできない。
深いため息をつきながら自宅のドアを少しの期待を込めて開ける。朝と同じ。私が一人いるだけの家。
気持ちを少しでも変えるために窓を開けようとしたとき、お風呂のほうから、チャポン。
音がした。
「帰ってきたか?」
声がした。
私は風呂場へ夢中で駆け出す。
「ここにいる」
知らない重みのある声。
「待ってた。待ってたよ」
その声の主と出会うために勢いよく風呂場の扉を開く。
「……あなた……が……え……私の……怪物?」
「ああ。そんなに楽しみにしていてくれて嬉しいよ。これからよろしく。お嬢さん」
浴槽にはサッカーボールほどの大きさの黒い塊。プカプカ半分ほど体を浮かべている。
どうみても。
2つの白い真ん丸目。
どうみても。
少し短い尻尾が見える。
どうみても。それは。
おたまじゃくし。
終わった。
私のスタートラインは後方。
掲示板に書き込みがあった。午後に出会う怪物は強大な力を持っているものが多い。
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