第117話 お誕生日2

ゼニスのお料理センスについては、第六章閑話1「ゼニスのお料理教室・極」をご参照下さい。

なお本人は自分の料理の腕を、もう忘れている。

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 初夏とはいえ首都はそれなりに暑い。冷やしたワインやエールがおいしい季節である。


 マルクスの店の料理はどれも美味しいのだけど、一つだけあえて不満を言うならば、エールに合う料理が少ない点。

 これは仕方ない。ユピテルは長らくワイン文化の国で、エールが夏の定番になったのは最近なのだから。

 ティトには毎日世話をしてもらっているし、マルクスはわざわざお店を貸切にしてくれた。

 お礼に前世日本人らしく、料理チートを披露しようと思う。


 エール、つまりビールといえばズバリ餃子でしょう!

 材料も至ってシンプル、皮の小麦粉と具のひき肉、いくらかの野菜だけ。

 作り方も簡単。ひき肉混ぜ混ぜーの皮で包みーのするのみ。


「ねえ、マルクス、ティト。厨房のすみっこ借りてもいいかな?」


 私が言うと、彼らだけではなく他の人たちもこちらを見た。


「ゼニスお嬢様、何をするつもりですか」


 ティトの声がなんだか硬い。


「今日のお礼に、レシピを一つ伝えようと思って。材料も作り方もシンプルなんだ。だから実際作ってみせるよ」


 すると、辺りは妙な沈黙に包まれた。


「あー、お嬢様? それ、口で言うか紙に書くかじゃ駄目なのか?」


 ややあって、遠慮がちな雰囲気でマルクスが言った。


「それでもいいけど。せっかくだし、余興も兼ねて作ってみせようと思ったの」


「ゼニス、今日はあなたの誕生日ですから。気を使わなくていいんですよ」


 これはラスだ。相変わらず優しい子である。


「気を使ってるわけじゃないよ! 私もたまには料理してみたくて。ほら、昔はよくアイス作ってたでしょ? 私、料理も嫌いじゃないんだよね」


「ゼニスさんは貴族なのに、料理までできちゃうなんてすごいです」


 カペラが屈託なく笑っている。

 ところがその横で、マルクスとティト、ラスはお互いの脇腹をつついたり意味深な視線を交わしたりしていた。


「やばいよ! ティトから断ってくれよ」


「あんなに楽しそうにしているお嬢様に、水を差したくないわ。マルクスが上手く言って」


「ゼニスの全てを尊敬してますけど、料理だけは……」


 とか小声で言い交わしてる。なんやねん。

 なおシリウスはそんな微妙な空気にまるで気づかず、お気に入りの羊肉の串焼きをかじっていた。

 やがてマルクスが意を決したように一歩進み出て、言った。


「悪い、お嬢様。厨房は料理人たちの聖域だから、お客様を入れたくないんだよ。そのレシピを教えてくれたら、後で俺か料理人の誰かが作って持ってくるから、それで勘弁してくれ」


「そっか……。そうだよね。無理言ってごめん」


 お礼のつもりが迷惑になっては本末転倒だ。私はうなずいて、餃子のレシピを口で説明しながら紙に書いた。


「へえ、本当に簡単ですね。それに美味しそう」


 内容を聞いてティトが感心している。私は張り切って付け加えた。


「でしょ!? それでね、具のひき肉に混ぜる食材で味が変わるんだよ。定番はキャベツやネギとかだけど、もっと色んなものを混ぜた方が美味しいと思う。味はハーモニーだもん。海鮮もいいよ。豆やジャムと合わせてお菓子風とか、それから、それから……」


「どうどう、ストップ。まずは基本から、それが王道ってもんだろ?」


 溢れ出るアイディアのままに口に出していたら、マルクスに止められてしまった。彼の背後ではティトが「基本を守る限りは、お嬢様の料理も問題ないのに。ウニのアイスクリームの恐怖再び……」とぼそっと言ったのが聞こえた。アイスがなんだって?


 という謎のやり取りはあったが、マルクスは手ずから餃子を作って焼いてきてくれた。

 魚醤ガルムとお酢を垂らしていただく。


「わっ! おいひい~」


 口いっぱいに頬張ったまま言ったのは、カペラだ。


「なるほど、ひき肉の脂がエールとよく合う」


 串肉をお休みして、シリウスもぱくぱく食べている。


「ラス王子はこちらをどうぞ。豚肉じゃなく、鶏のひき肉です」


 マルクスが別のお皿を差し出した。ラスは宗教の決まりで豚肉を食べられない。ちゃんと配慮してくれたんだ。


「ありがとう」


 ラスはにっこり笑って鶏肉餃子をつまんでいる。一つもらったら、さっぱりしていて美味しかった。

 よく見たら豚肉と鶏肉で合わせるハーブもちゃんと変えてある。さすが!


 誕生日パーティーの後半はすっかり餃子パーティーになって、最後に胃の隙間にデザートを詰め込んだら、もうお腹がいっぱいだ。

 ユピテルの食文化では満腹になるまで食べた後、孔雀の羽根を喉に突っ込んで吐き、また食べるなんてのもあるけど、それは一部の好事家の習慣である。ここでそんなんやる人は誰もいない。


 皆、すっかり満足してため息をついた。

 ゆったりした空気の中で、私は締めの言葉を言う。


「みんな、私の誕生日をお祝いしてくれてありがとう。今年は私が20歳、ラスとアレク、カペラが17歳の成人で節目の年よね。

 新成人の3人は、また改めてお祝いしよう!」


「その時もぜひ、俺の店使ってくれよー。腕によりをかけるからさ!」


 マルクスが陽気に笑っている。

 その辺りでお開きになって、皆で席を立った。


 親しい人たちと楽しい時間を過ごして、お腹もいっぱい。幸せな気分で店を出た。

 もう夜で暗いので、いつもはマルクスとティトが2人で私の家まで送ってくれるのだが。


「ゼニス、一緒に行きたい場所があるんです。付き合ってもらえますか?」


 ラスがそんなことを言った。

 なんだろ? 内心で首をかしげるが、断る理由もない。夜といったって、まだそんなに遅い時間ではない。道は人通りもけっこう多い。一応、護衛役の奴隷の人もいる。治安上の危険は少ないだろう。


「うん、いいよ。どこ行くの?」


「では、こちらへ」


 ラスはニコリと微笑む。初夏の夜空の下、首都の表通りを2人で一緒に歩き始めた。

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