「どうして、お姉ちゃん。なんで、姉ちゃんを返して」

「何言ってるの? 私はここにいるでしょう?」

「違う!! 私のお姉ちゃんは、こんなことしない!! 容姿も性格も、非の打ち所が何もなくて、勉強ができて、スポーツだってできて、誰からも愛されている。お祖父様も、お父さんも、お母さんも、みんなみんな私よりお姉ちゃんが好きなの。私だって、お姉ちゃんが好きなの。全部全部、私から嫉妬心まで奪っていくお姉ちゃんが、あんな酷いこと、するわけない。やめてよ、どうしてよ、なんで、なんでなんでなんで、なんであんなことするの? 意味がわからない」

「葉月、待って、落ち着いて」


 葉月が振り上げた椅子が、テーブルの上の紙袋に当たって、床に落ちた。

 返せと言われても、私はここにいる。


「返してよ。影山先生だって、お姉ちゃんの先生じゃなくて、私の先生だった。返してよ。お姉ちゃん。お姉ちゃんは私の欲しいもの全部、全部持っているの。二階堂家の大事な大事な長女なの。執事もメイドも、学校のみんなも、お姉ちゃんが一番なの。返してよ、私にとっても、お姉ちゃんが一番なの。なのに、なんで……返せ!! 私のお姉ちゃんをどこにやったの!?」

「葉月……ねぇ、ちょっと……!」


 偽物じゃない。

 本物の二階堂美月よ。

 正真正銘、あなたの姉なのに、何を言っているの?


「お姉ちゃんは、犯罪なんてしないの。人の死体をおもちゃにするような、そんな恐ろしいことしない。お姉ちゃんはこんなことしない」

「何言ってるの、これは芸術よ。恐ろしいことじゃないわ……」


 椅子を振り回している葉月の方が、私にはよっぽど恐ろしいわ。

 それに、私が全て持っているって言った?

 何よ、何よ、何よ。


 私が本当に欲しいものは、あなたが全部持っているくせに……

 どうして、そんなことを言うのよ。


「お祖父様の子供を殺した罪人に罰を与えただけじゃない。それに、天国へ行けるように綺麗に飾り付けてあげたのよ? 祝福を受けられるように」

「天国なんて知らない。お祖父様の子供って、何よ。気持ち悪いのよ。レオンと不倫していたお母さんも、私たちと変わらないくらい若い女の子と寝るあのおじさんたちも、全部全部気持ち悪い」

「だから、私が作品にしてあげたって言ってるでしょう? お祖父様が愛していたあの素敵な絵と同じように……」

「意味がわからない!! 何度言ったらわかるの!! 私のお姉ちゃんはそんなことしない!!」


 葉月が振り回した椅子を避けようとして、私は足元にあったコードにつまづいて転んで、床に落ちたプリンが入った紙袋を踏んだ。

 甘い匂いが充満したのと同時に、私の頭に椅子が当たる。


「痛い……っ」


 額が切れて、赤いものが伝う。

 血が流れ落ちていく。

 左目を開けていられない。


「葉月……やめて……痛いわ」

「殺された人たちはもっと痛い思いをしたわ! 何よ!! お姉ちゃんが悪いんじゃない。返してよ、返してよ!! こんなの、お姉ちゃんじゃない。お姉ちゃんをどこにやったの!?」


 ああ、だめだ。

 葉月は目も合わせてくれない。

 言っていることがめちゃくちゃだ。


 私は床に落ちていたものを手当たり次第投げて葉月を止めようとした。

 それでも、葉月は止まらなかった。

 ずっと、私はここにいるのに……


「お姉ちゃんを返して!!」


 なんどもそう言う。


「落ち着いて、葉月。お願いよ。私はここにいるわ」

「違う、お姉ちゃんじゃない!! こんなのはお姉ちゃんじゃない!!」

「葉月ならわかるでしょう? 私の気持ち、姉妹だもの。お祖父様とパパの血を引いた、二階堂家の双子の姉妹だもの」

「わからないよ、わかんない、わかんない!!」


 どうして、わかってくれないの?

 私の気持ち、どうして、わかってくれないの?


 こんなの葉月じゃない。

 葉月はこんな子じゃない。

 何が悪かった?

 どこで間違えた?


 私、何か間違えたの?


 違う。

 私はいつも正しい。

 間違いなんて、何もない。


 そうよ、ちゃんと説明すれば、葉月だってわかってくれるわ。

 だって、姉妹だもの。

 私たち、双子の姉妹だもの。


「私たち姉妹でしょう!? なんで、こんなことするの?」

「違う!! あんたなんて、お姉ちゃんじゃない!! こんなの、お姉ちゃんじゃない!! 返して……私のお姉ちゃんを返して!!」



 *



 その後のことは、あまり覚えていない。

 気づいたら私は病院のベッドの上にいて、何針も縫われた頭が痛くてたまらなかった。

 わからない。

 なんでだろう。


 それにこの景色、うちの病院じゃない。

 私が将来継ぐ二階堂総合うちの病院はこんな色の天井じゃない。

 去年天井を張り替えた時、お祖父様が天井は全部、私の好きな薄いピンク色に変えてくれたもの。

 こんな無機質で温かみのない、真っ白な天井じゃない。


 どこなの?

 ここはどこ?


「気がつきましたか?」

「……どなた?」


 こんな医師、私は知らない。

 頭が痛い。

 誰よ、こんな下手な処置をしたのは……


 パパは?

 お祖父様は?

 私の担当医は誰?


「精神科医の佐藤です。美月さん、いくつか質問しますので、正直に思ったまま答えてくださいね」


 怪我をしているのに、なんで精神科医なんだろう。

 わけがわからない。

 何のために聞かれているかわからないけど、私は聞かれるまま素直に質問に答えた。


 そしたら、この精神科医は急に全てを見透かしたような顔をして、言った。


「やっぱり、あなたは——————……」



 何それ、そんなわけない。

 おかしいのは、私じゃない。


 そんなことより、あと三つで完成するの。

 ねぇ、私の芸術の邪魔をしないで——————



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