須見下さんが来たのが深夜ということもあって、色々と話しているうちに時計の針は深夜2時を少し過ぎていた。

 不安と恐怖で眠気なんて全く感じていなかった私と違って、まだ酒が抜けきっていない須見下さんは気づいたらPCの前ですやすやと寝息を立てている。


「ちょっと、須見下! こんなところで寝ないでよ!」


 伊沢さんが須見下さんを起こそうと声をかけると、慌てて目を覚まし、キョロキョロと周りを見渡した。


「ん、ああ、すまん……」


 大丈夫かしら……

 一度帰って寝たほうがいいんじゃ……


 私がそういう言おうとしたその瞬間、須見下さんはPCの画面を見て眉間にしわを寄せる。


「ん? これ、いつの映像だ?」

「え……? LIVEってなってるでしょう? リアルタイムよ」

「こんな時間に、どこに行くんだ?」


 気になって、伊沢さんと一緒にPC画面を覗き込むと、二階堂家の監視カメラの映像。

 私とお姉ちゃんの部屋がある廊下の前の映像だった。

 お姉ちゃんが自分の部屋を出て、階段の方へ歩いていく。


「トイレとか?」

「トイレなら、各部屋についてますけど」

「え……? 何それ、どういうこと……?」

「どういうことと言われても……」


 全部の部屋がそうかどうかは知らないけど、少なくとも私とお姉ちゃんの部屋には、洗面台もトイレもユニットバスもある。

 前に一度、隼人にそのことを話したら「お前の家、外見も中身もホテルじゃん。ホテルに住んでんの?」と言われたことがあった。

 何を言っているのかわからなかった。

 それが普通だと思っていたから……

 普通じゃないと知ったのは、小学校の修学旅行で4人一部屋の相部屋だった時。

 相部屋って初めてだったし、トイレも洗面台も共通で順番に使うとか、意味がわからなかった。


「ああ、そうね。葉月ちゃん超お金持ちのお嬢様だってことをすっかり忘れていたわ。なるほど……自分の部屋にトイレがあるならわざわざ別のトイレに行く必要もないわね。階段を降りていってるから、下の階に用があるのかな?」


 監視カメラでお姉ちゃんの動きを追うと、一人で階段を降りて一階に行き、裏庭に続く出口の方へ歩いて行く。


「裏庭に出たわね……」


 裏庭の出入り口のカメラに、その姿ははっきりと映っている。

 ただ、この出入り口のカメラより向こう側にはカメラは付いていない。

 この先お姉ちゃんがどこへ行ったかはわからなかった。


「あ、影山も出て来た」


 お姉ちゃんが裏庭にでて少しして、今度は管理室の前の廊下のカメラに、部屋から出て行く影山先生の姿。

 この部屋はレオンの代わりに執事として仮採用された……名前は忘れたけど、メイドを盗撮したとかで追い出された男と、もう一人すごく印象の薄い男が使っていたはず。

 研修中だから、相部屋にしてあるのかな?


「今の部屋にも、トイレとかはついてるの?」

「使用人の部屋の作りまではわかりませんけど、そうだと思います。一階の奥に去年作ったサウナはありますけど……トイレは、来客者用のものがパーティー会場のすぐそばにあります。でも、使用人が使っているのは見たことがないです」


 影山先生も、お姉ちゃんと同じく裏庭の方に歩いて行く。


「裏庭といえば、あの離れだよな」

「そうね。でも、鍵は葉月ちゃんのお母さんの寝室にあるんでしょう? それ一つしかないって……」


 事件が解決したとして、警察の規制線のテープはもう剥がされているし、現場保持のために常駐していた警官もいない。

 お姉ちゃんはどこにも寄らずに真っ直ぐ裏庭に行った。

 影山先生も部屋から直接。


 鍵はかかっているし、あの離れの中に入るなら、裏庭から出るより正面の玄関から外に出て、地下につながる入り口の方へ行くほうが早い。


「裏庭で何かしているとして……こんな時間に何を?」


 それからしばらく、二人の姿はカメラに映ることはなかった。

 でも、私はそれがとても奇妙であるとこに気がつく。


「今日って、金曜日ですよね?」

「ええ、そうね。まぁ、日付はかわってるから、もう土曜日だけど」


 金曜日の夜は、12時になった瞬間————つまり、土曜日になった瞬間から、お姉ちゃんがやっているゲームの新イベントが始まる。

 毎週金曜日の夜は、ネットの友達と会話しながらそのイベントに参加していた。

 笑い声と話し声が、私の部屋まで聞こえていたから……

 何を話しているか、内容までは知らないけど……


「いつもお姉ちゃんの話し声は夜中まで続いてました。特に金曜日から日曜日の夜。私も遅くまで勉強していたから……」

「……それ、なんていうゲームかわかる?」

「えーと……確かハンターブレードオンライン……?」


 伊沢さんはスマートフォンですぐに検索をかける。


「確かに、イベント中ね。そんなに毎日遅くまで夢中になっているなら、今日参加していないのはちょっと不自然かも……イベント開始から3時間は獲得ポイントが5倍ってなってるし」

「ああ、そのゲームなら、俺の知り合いでやってるやついたな。ゲーム内でレアな武器を手に入れるのも、その時間帯が一番だからって、前に飲み会の途中でさっさと家に帰って行ったよ」


 私はまったくゲームについては詳しくない。

 でも、二人の話によれば、この時間にゲームをせず外へ出たのは不自然なことだった。


「お姉さん、本当はそのゲームやってないんじゃないの?」


 そうかもしれない。

 私はここ数ヶ月の金曜日の夜の映像を調べてみることにした。

 そして、そのいくつかが、編集で消されている部分だということに気がつく。

 金曜日だけじゃない、編集でカットされている部分は、深夜1時から2時の間と、早朝4時から5時の間が特に多いことに気がついた。


 私はてっきり、お姉ちゃんと影山先生の関係がバレないように、二人があっているところだけを切り抜かれているものだと思ったけど、違った。

 お姉ちゃんが部屋を出ていく姿と戻ってくる姿の両方が消されているんだ。

 まるで、ずっとお姉ちゃんは自分の部屋にいたと思わせるように……

 私も話し声が聞こえていたから、お姉ちゃんはずっと部屋にいると思っていたけど、本当はお姉ちゃんは夜部屋を抜け出していた。


「須見下さん、被害者の死亡推定時刻って、どこに書いてますか?」

「死亡推定時刻……? ああ、それなら、ここに」


 私は被害者の死亡推定時刻と、編集された日付のいくつかが重なっているとわかった。

 それに、死亡推定時刻が書かれた司法解剖の資料には、どれも薬指の切断は死後に行われていると書かれている。


 死体を飾りつけた後、切断している。

 切断したのは左利きの人物。


 影山先生があの絵の通りに人を殺していたとして、いつ見たんだろう?

 それに、この事件、本当の始まりは人じゃなくて、猫だった。

 猫の死体が見つかったのは、去年の三月。


 影山先生が、私の家庭教師になる一ヶ月前だ。

 それなのに、あの絵と同じように猫を殺せるわけない。

 見ていないと、あの絵を見ていないと、そんな発想すら浮かばないはずだ。

 お姉ちゃんと影山先生は、いつから付き合っていたの?


 影山先生は、いつ絵を見たの?

 地下の入り口から入れば、離れの絵を見ることはできたと思うけど、あの数々ある絵の中で、どうしてそれを選んだの?


 それに装飾に使われていたあの花も、誰がどこで手に入れた?

 普通の大学生が、あんなに大量に花を買っていたら、不審に思われる。

 使われていた花は、ドライフラワーだけじゃなくて生花もあった。

 薬指の切断は、左利きの犯行……————でも、影山先生は左利きじゃない。


 レオンが容疑者として捕まったのは、本人の自白もあったけど、左利きであることと、花屋への通話履歴。

 屋敷では花を大量に使うから、花を買っていても不自然じゃない。


 影山先生の他に、左利きの共犯者。

 それがレオンだった?

 だとしたら、レオンは影山先生をかばって死んだの?


 いや、違う。

 レオンが死んだ後も、犯行は続いている。

 左利きの人間がいる。


 絵の通りに美しく、飾り付けることができる、器用で、芸術センスに長けている人物……————


「お姉ちゃん……?」


 でも、お姉ちゃんも左利きじゃない。

 …………いや、待って。

 お姉ちゃん、本当は左利きだった。

 でもそれをお祖母様がハシタナイって注意して、右利きに矯正したんだ。


 でも、どうして?

 お姉ちゃんが、影山先生にここまで協力する理由は何?



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