きょうりゅうびときゅうりょうび

特ルリ

「きょうりゅうびときゅうりょうび」



「あー、君、今日はきょうりゅう日だからね 銀行で確認しておくように お疲れ様!」

ー今日は給料日だ。

そわそわとした足取りで、わたしは街をゆく。

はじめての仕事への不安、うまく馴染めたかもわからない不確定さ。

そういったものは、今通り過ぎた車のナンバーくらい急速にどうでも良いものへとなってゆく。

ーこのお給料でわたしは……

ーわたしは?

ーわたしは何をしよう?

ふと考えて、しかして足は銀行へと向かう。


*

「……」

通帳を入れる。

端末の「残高を確認」をタッチし。

そこに書かれた数字を確認して。

そして。

「クアアア?」

……背後に、とてつもなくデカい何かがいた。

「うひゃあ?!」

翼竜。

嘴が不釣り合いなまでに大きい、翼を持った恐竜だ。

腰を抜かしてしまったわたしに、彼女(?)はきょとんとした目で首を傾げる。

「クア?」

「初の恐竜日のお客様ですか?」

へたり込んでいるところを助けてくれた銀行員は、こともなげに説明する。

「おそらくお客様のお勤め先から「おきょうりゅう」の確認のお願いがー」

「……はい?」

ー話を聞けば、「きゅうりょうび」ではなく「きょうりゅうび」が会社によってはあるというではないか。

ー生きた恐竜が支給され、それが賞与の一部になるらしいが……

「ですが、わたしこのような恐竜は……」

目の前が恐竜であることには、この際ぐっと堪えて何も言わずにおこう。

当たり前のように話す銀行員の態度を見るに、この世には恐竜がいて 給料日に支払われる……のだろう。

それにしてもだ。生き物を飼うには責任が伴う、この翼竜が何を食べ何を好むかさえわからないのだ。

「こちら「初任恐ハンドブック」です、23ページ「『ケツアルコアトルウスモドキ』を給与されたお客様へ」をお読みくださいませ」

「は、はあ……」

表紙には、街を跋扈する恐竜が描かれている。

ほとんど怪獣映画だ、いやなぜ?恐竜は絶滅したはずでは?初任給に恐竜がついてくることがあるならなぜ今わたしは今まで街で恐竜を見たことがないのか?

「守秘義務がございますので……」

「クアクア」

問答していても埒があかないようなので、仕方なくきゅうりょうときょうりゅうと共に外に出る。

ーこいつをATMに預けられるとか書いてあるぞ 正気なのか?

*

「クアア」

「……おーよしよし 喉元を撫でられるのが好きなのかー」

ー初任給は、両親のために使った。

ー自分がなにをしたいのか、まだよくわからないが。

ーとりあえずはで、このきょうりゅうを養う。

羽毛のお手入れ用品、嘴を磨くためのクリーム、恐竜のエサまで薬局で全て揃った。

「お前の世話をするのも悪くはないかもなー、職場まで乗せて行ってくれないかなーなんて思ったりもするけど」

「クアークア」

言葉が通じるわけもないし、乗って空も飛べないけれども。

でかい恐竜は、たしかに喜んではいた。

ーこんな生活も、異常もいつしか日常になる。

ーきゅうりょうもきょうりゅうもいつか当たり前になってしまうのだろう。

ーそれがなぜだか、惜しく感じて。

ーホースの水を優しく、彼女にかけた。

*

月日は流れて。

「あー、君、今日はボーナスの日だからね 銀行で確認しておくように お疲れ様!」


ー嫌な予感がする。

するが、恐竜の影もない街をわたしは進む。

流れてくる車のナンバーが、いやにくっきりと見えた。

「……」

銀行に着いた途端、わたしは眩暈で倒れそうになる。

巨大な肉食恐竜の足が、銀行の2階から床を突き破っていたからだ。

「ボーナスのお引き出しのお客様でしょうか?」

ーのんきな銀行員の、そんな声が後ろからした。

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