第44話

それは冬季休暇に入る前日だった・・・。





私を含めて皆んな休暇が楽しみで少し浮かれていたと思う。


今日は終業式という事もあり午前で学院も終わる。


ホームルームも終わりクラスメイト達と休暇明けにまた会いましょうと、挨拶をして私たちは馬車止めまで歩いていた。


この日は前々からチェルシー達と街に出てランチを一緒に食べる約束をしていたからね。

私たちは今から行く新しく出来た洋食屋の話しで盛り上がっていた。


そこは他国で修行をしてきた旦那様が料理を、ケーキやお菓子は奥様が作っているらしく、味にも定評がある開店以来人気のお店なんだそうだ。


どんな美味しい物が食べられるのかワクワクしながら想像する私を現実に引き戻したのは『ヴィー!』と呼ぶハイアー様の大きな声だった。


またか・・・今度はなんなの。

彼の大きな声に反応して周りが私たちに注目した。

チェルシーにいたっては、すでに戦闘態勢に入っているようだ。

私はため息をついて笑顔を作ってから振り向いた。


そこには怒りを露わにしたハイアー様と、顔に大きなガーゼを貼ったマーガレット王女。


なに、あのガーゼ・・・

まさか、私にやられたとか言わないわよね?


「ヴィー見損なったぞ」


何を言い出すのかと思えば『見損なった』だと?


「・・・」


「いくら俺に相手にされていないからと言ってマーガレット王女に暴力を振るうなんて最低だな!」


言った~!

やっぱり言っちゃうんだ!


「やっておりませんが?」


もう、作り笑顔もいらないよね。


「そ、そんな!昨日ディハルト様がわたくしを呼び出し・・・わ、わたくしにアレクシスに・・・アレクシスに近づくなと仰って、わたくしが断ると・・・暴力を振るってきたではありませんか!」


嘘つきだとは思っていたけれど・・・

涙まで浮かべか弱そうな見た目を利用して周りからも同情を引こうとしているの?


「嘘ですね」


ハッキリ言ってやる。


「ハイアー殿!いい加減にしろ!昨日もずっと私たちがヴィーと一緒にいた!貴方はマーガレット王女に騙されている!」


チェルシーったら我慢出来なかったのね。


「休憩時間もずっとハイアー様がマーガレット王女といたよな」


うんうん。


「そうよ。マーガレット王女とディハルト様が話しているところなんて見たことがないわ」


マーガレット王女が編入してきた日以来話したことがないからね。


「ディハルト様が1人でいるのも見た事ないわよね」


いつもチェルシー達といるからね。


「そうだよ。だから僕たち男は声をかけれないんだよ」


んん?


「放課後も2人で旧校舎の方に消えていったのを見たことがあるわ」


やっぱり見た人もいるんだ・・・。


「公開プロポーズまでしたクセに」


おお!誰も彼と王女の話しを信じていないようだ。


「うるさい!マーガレット王女本人がお前にやられたと言っているんだ!それが真実だ!」


「はあ、真実ですか・・・」


「認めないのか?」


まだ言うか!


「ええ、やっておりませんから」


「たとえお前が阿婆擦れでも二度としないと誓うなら許そうと思ったが・・・」


誰が阿婆擦れだ!


今回はカウント3秒でいいよね。

カウント開始!

3


「そんなお前とはやっていけない!婚約解消だ!いや!婚約破棄だ!」


マーガレット王女の口元が上がるのが見えた。


2・1 ・・・反撃だ~


「婚約の解消?破棄?それはできませんわ」


「・・・また、公爵家の力を使う気か?」


何を言っているんだ?


「はあ?」


「お前がどんなに俺に惚れようと無駄だ!お前とは今日限りで婚約を破棄する!」


マーガレット王女の口元がさらに上がったわ!

でも残念・・・まだ愉悦に浸るのは早いわよ。


「いえ、私とハイアー様は婚約などしていませんから解消も破棄も出来ないと伝えたかったのですが・・・私とハイアー様が婚約?それこそ有り得ませんわね」


あら?

今度はマーガレット王女が口元をあげたまま固まったわ。


「嘘を言うな!」


「本当のことですわよ?私、嘘は大嫌いですから。それに貴方と私は今ではただの顔見知り程度ですわ」


「・・・」


「公開プロポーズのあとはお友達としてお付き合いしておりましたが、旧校舎でのハイアー様とマーガレット王女が抱き合い熱い口付けを交わすのを見てしまえばねぇ?」


『最低~』『クズだな』『ただの浮気男じゃないか』

皆さんもそう思うでしょう?


「ふふふっどちらが最低なんでしょうねぇ?」


「黙れ!」


「やめろ!アレクシス!」


またもやドルチアーノ殿下の登場か?と思ったら、突然目の前がチカチカした後に頬にチリチリとした痛みが・・・


女生徒の悲鳴と男子生徒の非難の声が遠くで聞こえる・・・


「「「ヴィー!」」」とチェルシー達の声も・・・


私、彼に叩かれたの?

女に手をあげるなんて本当に最低ね!

痛みよりも腹立たしさの方が勝るなんてね!


「アレクシス!」


やっぱりドルチアーノ殿下だ。


「ち、ちが・・・俺は・・・」


自分の手と私を交互に見て呆然とする彼と、無表情のマーガレット王女。


「アレクシス!言い訳は無用だ!マーガレット王女と一緒にこのまま王宮まで来てもらうよ」


なんで王宮?

それに、マーガレット王女も?


「それにヴィクトリア嬢も一緒に・・・」


振り向いて私の顔を見たドルチアーノ殿下の目が見開かれた。

うん、少し腫れているかもね。

頬は痛いが私は冷静だ!

だって図太いからね!


「血が出ているじゃないか!!」


そう言って駆け寄ってきたが、伸ばしてきた手は私に触れる前におろされた。


言われてから鉄の味がしてきた・・・

持っていたハンカチで口を拭くと本当に血がついていた。

女の顔を血が出るほどの力で叩くとは!

アレクシス許すまじ!!


ドルチアーノ殿下もさすがに今回は口止めは無理だと思ったのか「良き休暇を」と言っただけだった。


呆然として動かない彼をドルチアーノ殿下の友人達が引き摺るように馬車に乗せて、無表情のマーガレット王女も彼と同じ馬車で先に王宮に向かったようだ。



結局私も王宮に行くことになったんだけれど、ドルチアーノ殿下の馬車に乗るまではチェルシー達がついてきてくれた。


乗り込む時にチェルシーの「あいつ死んだな」って呟きは私には聞こえなかった。

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